第七話 霧散の感情
ディエラの表情に感情は無い。苛立ちも哀しみも焦りも抱いている様子は無い。
「お父様が貴方にこの子達を殺せと命じるとは思えないわ。少なくとも今は、ね」
「今は?」
男が問い返した。意図を探っているのではなく、その続きを促すような声色だった。
ディエラはエリノアから視線を外し、その隣の空いた席に視線を移す。それは普段公爵夫人が掛ける席の場所であった。
「例え殺すことになったとしたら、ここに並んでいるのは三人ではなく四人になるはずだもの」
三人への興味を失くした場合、それは他に新たな宝石を見つけたことに他ならない。
お父様と現公爵夫人は、お母様と出会う前に既に関係をもっていた。身分や外聞共に申し分なく、当時のサラスヴァティ―の公爵令嬢に匹敵するとまで謳われていた。
だが、王の勅命により同盟の証である隣国の娘を娶ることになった。その際のお父様の心情は計り兼ねるが、感情を捨て置いてでも損得に重きを置く人間だ。人質を手中に収めることで隣国から受ける優遇、王族に恩義を売る好機、その多大なる利点を手放すはずが無い。
ただ、使える駒を手放すような真似もしない。他の者に渡らぬよう手中に収め続け、天秤が覆れば過去の遺物は容赦なく切り捨てる。かつてのお母様がそうであったように。
それは現段階でも同じことが言える。現公爵夫人や子ども達よりも目をかけるに値する存在が見つかれば、お父様は長年の情や愛に躊躇なく見切りをつける。
調べた限り、お父様の寵愛は現公爵夫人と子ども達に注がれていた。その天秤にかける相手すらいなかったはず。最近のレックス達に落ち度は見られない。現公爵夫人も同様だ。
となると、この男の行動にお父様の意思ではなく、他の誰かの意思が介入している。
そもそも、三人のために私を生かすことがあっても、三人を殺して私を生かす道理は無い。
「ご明察。そいつらは最期まで分からなかったみたいだけどね」
男がディエラの言葉を咀嚼し、一拍置いてから反応を見せた。乾いた拍手が広間に響く。
ディエラは男の言葉に表情を変えることは無かった。
三人が最期まで父の愛情を盲信したのか、それとも、父に捨てられたと思い絶望したのか。
今となっては、確かめようもなければ確かめるつもりもない。どちらであろうと、彼らの存在が舞台から消えたことに変わりはなく、ディエラの心が潤うことも無いのだから。




