第六話 動かぬ肉塊
「仮にそうだとして」
「「当主/お父様の命令じゃないという根拠は?」」
「…でしょう?」
広間内に二人の声が重なった。
ディエラの手が高みで見物していたはずの不詳の男に差し迫る。段々と影を帯びていた物体が輪郭を露わにさせ、反応を見ていたはずの男の思考にディエラの影が侵食する。
ディエラは男の言葉を待たずに続けた。
「お父様からの寵愛を最も受けていたのはフィオルナよ。それとの間に生まれたこの子たちは、お父様にとって何にも代えがたい至宝だもの」
ディエラは視線を三人の異母弟妹へと向ける。
「まして、ヴァルディア家に相応しい優秀な子どもなら、尚更ね」
『私にとって、お前達はどんな宝飾品にも代えがたい至宝だ』
これがレイヴンの口癖だった。
レックスが剣の腕を褒められたとき、ロイが期待通りの成果を上げたとき、エリノアが新しい魔法を披露したとき。
お父様は三人を眺め、満足そうにそう言った。
例えその場に居ようとも、お父様の指す”お前達”にディエラが含まれることは無い。
ただ、時折三人を褒めた後にディエラへ目を向けるときがあった。それは決して耳障りの良いものではない。
『それに比べてお前ときたら…』
後に続く言葉は、その時の機嫌や内容で少々の変化を見せた。
出来損ない、役立たず、落ちこぼれ、面汚し、一族の恥。幾つも言い換えながら、結局は同じことを告げられる。
お前には価値が無い。
お父様にとって、私と三人を比べる意味はそれくらいのものでしかなかった。だが、昔の私は愚かにもそれを自分に向けられた関心だと喜び、歪な感情を拗らせていた。その時だけは、お父様の視界に映ることを許されていたから。
ディエラはゆっくりとエリノアに視線を向けた。
お父様に認められ、実母に愛され、兄達に守られて、彼女はいつも幸せそうに笑っていた。その笑顔を向けられた者は誰もが頬を緩め、愛らしい姫君を傷つけまいと気を配った。ディエラを見て嘲笑う時でさえ、皆はその表情に嫌悪を抱かず、反対に私に向ける視線は侮蔑と冷笑だった。
死んでも尚、その顔立ちは皆に愛される端正さを保っている。
だが、それが動くことは金輪際あり得ない。傾いた首も、膝に置かれた指先も、今後誰の目にも届かない。




