第五話 事象の脆弱性
ふと、ディエラの脳内に明確な矛盾点が浮かんだ。
魔法石はあくまでも精神操作の維持と補強を担っているだけに過ぎない。祝福が消失したからといって、その前に消された人格まで戻るわけではない。感情の抑制が緩んでも、新たな人格に刻まれた主人への忠誠まで消えることはないだろう。
それなのに、この男には”躊躇”というものが無い。
主人を裏切り、その子どもを殺したことも、その惨状を眺めて笑うことにも。
感情の抑制が解除されたことにより、主人への復讐心を抱くことはできる。その手段に、最愛の子ども達を使うことも納得する。
『《祝福》だっけ?』
だが、この発言は後から復讐の種を培ったにしては不自然だ。
祝福の名は与えられた人格の根幹に関わる部分。それをあれほど無造作に扱えるものだろうか。
ディエラが男の存在を意識するようになったのは、男が影の隊長になってからである。直接姿を見たのは数えるほどしかなく、その際に感情を露わにしていた覚えはない。調べた限りでも、男が命令に背いた記録は無い。
だから、疑わなかった。
首輪をつけ、命令に従っている。その二つを見て、効いているものと決めつけていた。
感情を失っていることと、感情を隠すことは違う。
ディエラは男の顔へと視線を戻した。
「貴方、初めから効いていなかったのね」
男の金色の瞳が微かに揺れた。
”いつから効力を失ったのか”
その問い自体が間違っていたのだ。
レイヴンも、使用人も、ディエラ自身も男の策略にまんまと嵌まっていた。首輪の存在を疑わず、忠実な振る舞いをその証拠として受け取ってきた。
首輪の効力を知って見ていたディエラとは違い、レイヴンはその性能を理解し、至るまでの形跡や足跡を辿ってきた。首輪を着け、命令に従っている以上、疑いの目を掛けないのも無理は無い。
最も、絶対という言葉の儚さと永遠に続く現象の脆さを身をもって理解しているディエラなら違った結末を描いただろう。
だが、レイヴンは己の目と記憶を過信していた。それ故に、仮面をつけた不純な異分子の存在を想像することすら行わなかった。




