第五十話 曙光のロンド
教会は、王族でさえ自由には扱えない独立した権力を持っている。
その教会が神の巫女として認める聖女の言葉は、爵位や権力を用いても退けることはできない。教皇との間にどこまでの権限の差があるかはともかく、レイヴンでさえ無視はできない存在。
それが今なら、まだ候補の段階。
人の目が集まり、周囲を固められる前に接触できれば、回帰前には持てなかった優秀な手札になり得る。
ディエラは膝の前で指を重ねた。
以前は動き始めたときには、既にヴァルディアの落ちこぼれとして悪評が定着していた。
何を言っても、何をしても、愚かな公爵令嬢の振る舞いとして扱われる。相手にされないことが都合よく働く場面もあったが、協力を得ようとしたとき、その評判が尽く邪魔をした。
レイヴンから見放された周知がある以上、脅しも家の威光も効力は発揮しない。土台も手段も心許ない状態でのスタートだった。
だが、まだ社交界へ出る前の今なら、屋敷の外にまで同じ評価を広めずに済む。エリノア達が友人に愚痴を零そうと、フィオルナが社交界で被害者を演じようと、所詮は又聞き。
ディエラが想像を覆すような優秀な淑女として名を上げれば、覆るのはディエラの評価だけでは済まない。エリノアたちは、前妻の子どもを疎ましく思っている器量の狭い人間だと後ろ指を指されるだろう。
今なら若気の至りとして目を瞑れる範囲内だ。屋敷内で虐げられていることも、土台の形成に利用できるだろう。
そして、レイヴンに対しても見せ方を選ぶことができる。
あの夜、隠していた憎悪と才能を知ったレイヴンは、ディエラを見る目を大きく変えた。娘からの懇願には関心を示さず、使えると分かった途端に手を伸ばしてきた。
思い返しても、ディエラの胸に期待が芽生えることはない。
欲しかった頃には与えられず、今更差し出された手に価値など無い。
けれど、エリノアたちは違うだろう。
レイヴンに認められていること。大切にされ、優遇されること。
それらを当然のように受け取っていた彼女たちが、見下していたディエラに向けられる父の関心を見たら、どんな顔をするのか。
殺される瞬間に、見下していた相手へ命を握られる屈辱を味わわせる。それだけを考えていた頃のディエラには、選べない方法だった。
父の言葉を待ち、視線を求める。自分より優先される誰かを、傍で見続ける。
かつてディエラが味わったものを、今度は彼女たちに返すことができる。
ディエラの口の端が、不敵に弧を描く。
ただし、焦りは禁物だ。勇み足になるのは、計画の不穏分子になり得る。
いきなり別人のように振る舞えば、お父様も周囲も理由を探り始めるだろう。まずは必要なものを揃え、その上で、少しずつ変化を滲ませていく。
エリノアたちが気付いたころには、お父様の視線が以前ほど自分達へ向いていないことに危機感を感じるでしょうね。
取り戻そうと。足搔くほど、その違いを思い知らされる。
まずは、そのための手札を整えることが先決だ。
窓際のテーブルへ向かう足取りは、先程よりも軽快だった。




