第四十九話 未明の神冠
「やっぱり、今日は屋敷で過ごすわ」
「畏まりました」
ディエラは立ち上がると、肩へ流れた髪を払い、ベッドへと向かった。
背後でフィエルテが道具を纏める音がする。鏡台へ櫛を置き、再び床の品々を拾い始めた。
ディエラの外出の理由は教会絡みだった。毛嫌いしている教会にいきなり出向くのは不自然だ。その為、接触につながる契機でも探りに行こうかと考えていた次第だった。
だが、明日の奉誓礼で教会へ行くのならば、わざわざ無駄足を踏むことはない。
「紅茶と、ここ一週間の各社の新聞をあるだけ持ってきて」
「畏まりました。すぐにお持ちいたします」
ディエラがベッドに腰を下ろす頃には、フィエルテは最後の容器を並べ終えていた。
フィエルテの返事を聞き届けると、ディエラはベッドに片手をついた。
奉誓礼。それは、帝国の貴族が教会へ赴き、神前で祈りと誓いを捧げる儀式だ。
家の威光も爵位も、神の前では意味をもたない。参列するものは等しく頭を垂れ、神に仕える身であることを示す。
ディエラにとっては、退屈な建前を延々と繰り返されるだけの無駄な時間という印象だった。けれど、公爵家の血を引く以上、好悪だけで欠席できるものでもない。
二大公爵家の奉誓礼には、教皇に加え、その時点で最も優秀とされる聖女候補も同席する。
その決まりを思い出した時、ディエラは僅かに目を細めた。
聖女候補を近くで見定めるには、都合の良い機会だ。
将来、聖女となった女の顔は朧気ながらに覚えている。この時期に何をしていたかまでは知らないが、聖女候補の段階で周りより秀でていたという噂は耳にしたことがあった。
明日、同席するのが彼女であれば、教皇の紹介を受けるだけで、現在の地位まで確かめられる。教会へ足を運ぶ目的の一つは、それで果たせるだろう。
ディエラは、回帰前にも聖女を取り込もうと画策したことがあった。
母の死の真相を知り、使えるものを探していた頃だった。特定の貴族家に属さず、公爵家とは別の権威を持つ相手は、ディエラにとって得難い協力者になり得た。
だが、聖女との接触機会は皆無に等しかった。聖女相手との個別の面会は、当主を通さねばならなかった。まして、レイヴンに知られず会おうとすれば、手段はさらに限られる。
それでも良かった。運さえも絡み、下手すれば帝国を追われる身になるほどの過酷で邪道の茨道を進むのもやぶさかではなかった。けれど、当時のディエラはあまりにも手札が足らなかった。
結局、回帰前のディエラは聖女を手札に加えることを諦めた。




