第四十七話 凡愚の仮面
瓶と銀の容器がぶつかり、耳障りな音を立てて床へ落ちる。蓋の空いた小箱から、髪飾りが零れた。
「気に入らないわ。やり直しなさい」
冷ややかな声が、室内の温度を下げる。
フィエルテとディエラは言葉を交わさず、ただ黙って鏡越しに視線を合わせた。
扉の外では、シルヴァンが物音を聞いていた。
いつもの癇癪か、と理解しつつも時間を改めることはしない。姿勢を崩さず、言葉を挟む隙を窺っていた。
フィエルテは散らばった品々を一瞥すると、静かに頭を下げた。
「畏まりました」
相変わらず、無表情のまま淡々と仕事をこなすフィエルテ。主人が普段通りの行動を辿るのならば、自分もそうするべきだと感じ取っていた。
ディらはフィエルテの応答に満足したのか、背もたれに身体を預け、肘掛けへ腕を戻した。
「ディエラお嬢様。レイヴン様からの言伝を預かってまいりました」
「入りなさい」
再び扉から掛かった声に、ディエラは扉を見ないまま答えた。
「失礼いたします」
扉が開き、シルヴァンが入室する。
黒い手袋を嵌めた手が取っ手を離した。その視線が、床に散らばる品々へ一瞬だけ向けられる。
通りざまにフィエルテの感情のない顔を一瞥すると、シルヴァンはディエラへと向き直った。驚く様子も、惨状について尋ねる様子もない。
その反応を、ディエラは鏡の中で確かめていた。
少なくとも、珍しい光景だとは思わなかったようだ。
「レイヴン様より、明日の奉誓礼には、ディエラお嬢様も同席するように、とのことです」
「そう。他には?」
言葉を返す間を空けず、続きを求める。
元より、教会のイベント事など興味は無い。
回帰前後に関わらず、その考えは一貫していた。だが、レイヴンからの連絡というのなら話は別だ。
レイヴンからの愛情に飢えていた頃のディエラは、用件だけを聞いて帰すようなことはしなかった。
何でもいいから、自分へ向けられた言葉を欲し、ありもしない幻想に期待していた。
ディエラは、当時の反応を丁寧になぞった。反吐が出るほど度し難い行動も、復讐の為なら進んで行う。それが、ディエラの決意の固さを表していた。
「言伝は、以上になります」
シルヴァンの声は平坦だった。
予想を裏切らない返答に、ディエラは僅かに唇を嚙んだ。期待を断たれ、機嫌を損ねたと見えるように。




