第四十三話 不意の背中
支度を終え、鏡台の前へと移る頃には、窓から差し込む光の位置が変わっていた。
背後に立つフィエルテが、丁寧な仕草でブロンドの髪へ櫛を通す。
ディエラは鏡に映る自分を眺めながら、肘掛けに腕を置いた。
とん、と人差し指が肘掛けを叩く。
まずは、考えることを優先度順に並べる必要がある。
五年分の記憶はある。だが、全てを正確に覚えているわけではない。
屋敷を訪れた者。帝国内で起きた事件。記憶を辿れば断片的に浮かぶものの、それらが何年の出来事だったかまでは分からない。
憎悪を隠して復讐を企てていた日々と、それ以前とでは記憶の鮮明さや情報量にも大きな差がある。
それでも、何も知らなかった頃よりは遥かに動きやすい。誰が裏切り、誰が何を失い、どこで立場を変えたのか。覚えている範囲だけでも、使い道はある。
ただし、同じことが起こるとは限らない。
自分が動けば、人も動く。
記憶を信じすぎれば、目の前の変化を見落としてしまう可能性がある。
指先が、再び肘掛けを叩く。
背後で櫛の動きが僅かに緩んだ。
ディエラは鏡越しに視線を上げた。フィエルテは何事も無かったかのように手を動かし、毛先へ丁寧に櫛を通していく。
ディエラは手を止めたことを咎める様子は無かった。
フィエルテが何も言わないなら、わざわざ訊ねる必要が無いと判断したのだ。謀反の可能性が無い以上、無駄な追及は思考の妨げになる。本人が口に出した時に、思案すればよいと考えていた。
何も尋ねないフィエルテは、ディエラにとって都合がよかった。
未来を知っていることが切り札になることを理解しつつも、それに判断を委ねるつもりはない。そして、その切り札を他人に明かす気も無かった。
それが例え、フィエルテ相手だろうと例外はない。
いずれは違和感を拾うだろう。仮にもディエラが信頼を置く人物だ。その者が、今朝からのディエラの変化に気づけないとは考え難い。
それでいい。
何の変化にも気づけない者を、手足として扱う方が危うい。
気づいた上でフィエルテが黙っていられると、ディエラは知っていた。
フィエルテは最期まで、腕輪の秘密も手紙の使い道も漏らさずに、首を落とされる道を選んだ人間なのだから。
ディエラはそっと目を閉じると、再度人差し指で小さく静かな音を刻む。
私がいきなり表立って動くのは不自然だ。屋敷の状況はフェルに確かめさせればいい。外の出来事は新聞でも集めさせれば、記憶と照らし合わせられる。
そして─────。
音を刻んでいたディエラの指がピタリと止まった。
この時のフィエルテの心情が描かれた番外編を、後日公開予定です!
番外編には、上記以外にも今作では描かれていない他の者の心情などを、場面ごとに極力短編で描ければな…と思います!
お時間のある際に、閲覧いただけるとより深く入り込めるかなと思います!




