第四〇話 悔恨と羅針盤
「フェル。身支度の準備を」
「畏まりました」
フィエルテは一礼すると、部屋を後にした。
扉が閉まるのを見届けると、ディエラは寝具を退けた。ベッドの縁へと腰を移し、床に足を下ろす。
フィエルテ・リーデンス。
お母様がこの帝国に嫁ぐ際に連れてきた侍女の一人だ。
お母様の死後、その傍に仕えていた者達は次々に姿を消した。殺されたのか寝返ったのか。真相は定かではないものの、最後までディエラの側に残ったのはフィエルテただ一人だった。
愛想が無く、命じられたことをこなすだけの女。
屋敷内では使用人からも蔑視され、粗末な扱いを受けていたが、彼女がその評価に適した侍女ではないことを、今のディエラは理解している。
お母様が表立って動けなかったとき、手足となって暗躍していた。身を守る術にも長け、周囲に悟られぬよう包囲網を敷き、情報を集め、お母様を支えていた筆頭の存在だ。
その能力を、私は何に使っていた?
ディエラは、過去の己の愚かさに思わず目を伏せた。
お父様に罵られれば、その怒りをぶつけた。弟妹たちに嘲笑われれば、彼女を罵った。お母様を失った悲しみも、自分だけが疎まれる惨めさも、全て彼女に受け止めさせていた。
フェルが生きていた頃、私はお母様の死の真相を知らなかった。
だから、誰を、何を憎めばよいか分からず、怒りの矛先は自然と傍にいたフェルに向いてしまった。
…なんて、そんなものは言い訳だ。
お父様に会いたかった。
どんな形であれ、私を見てほしかった。
騒ぎを起こせば叱責される。その僅かな関心に縋り、足元に残されていたものを顧みなかった。
名具も、振るうことが無ければただの置物だ。私は、彼女という武器を随分と無駄にしていた。
ディエラの指が、膝の上で交差する。
今の私は、フェルという武器の優秀さを理解している。あの時と同じ過ちは繰り返さない。
彼女の忠誠も、能力も。取り戻した五年という時間も、今度こそ無駄にはしない。




