第三十五話 卑称の返還
「……矮小?」
レイヴンが、ディエラの発言を繰り返した。意味が理解できないのではなく、言われた言葉が自分と結びつくのを拒否しているかのようだった。
ディエラは、差し出されたままのレイヴンの手を見下ろした。
お父様の話を聞いているうちに、胸の内にあった空白へと、ある感情が広がっていった。
それは、失望だった。
全てを放棄したがために、お父様への私情や壁も消え、本心から浮かんだ感情だった。
お父様は、自分と同じ喪失を味わった。その苦しみを身をもって知ったからこそ、私は無意識に耳を傾けていた。
景色の全てが色を失い、音すらもどこか別の場所で鳴っているような感覚。モノクロの世界に独り取り残されたような喪失感。
その世界を生きる経験者の言葉に、薄っすら救いを求めていたのかもしれない。
だが、その先の物語は到底耐え難いものだった。
奪った者を殺す、というところまでは理解できる。きっと、私でもそうしただろう。
ただ、その者に用意された地位へと収まり、別の人間を代用品として扱い、復讐を続ける。それを、あまつさえお父様は”楽しみ”と宣った。
聞くに堪えないままごとの様子は、私を現実世界へと引き戻した。
私は、お父様の実力を認めていた。容易に届かない相手だからこそ、時間をかけ、隙を探し続けてきた。
だが、今目の前にいるのは何だ?
「用意された椅子にみっともなく縋り付いて、手放したくないと駄々をこねる。そんな人間を矮小と呼ばずして、何て呼ぶの?」
レイヴンの笑顔に長らく浮かんでいた笑みが消えた。
自分を二度も矮小と嘲罵され、無駄にデカい自尊心とプライドに傷がついてしまったらしい。
ディエラは唖然としているレイヴンの間抜けな面を一瞥すると、畳みかけるように口を開いた。
「…あぁ。”恥知らず”、かしら?」
お父様に幾度となく浴びせられた言葉だった。
出来損ない。面汚し。一族の恥。
今、その一つを返しただけで、お父様の顔から余裕が剥がれ落ちる。
レイヴン瞳が怒りに染まり、ディエラに掴みかかろうと腕を伸ばすが、燃え盛る炎が行く手を遮る。
高温の炎に指を焼かれたレイヴンが、反射的にその手を引いた。
レイヴンも炎魔法に適性がある。だが、同じ属性でも自分より魔力濃度の高い魔法に触れると、その属性が自分へのダメージへとつながる。
「貴様…!少し目を掛けたぐらいで思い上がったか!」
ディエラを鋭く睨みつけ、声は怒りで震えている。
今更凄んだところで、私が震えあがるとでも思っているのだろうか。
だとしたら、つくづく哀れな人間だ。
お父様も、
そのほんの一部でも認めていた私自身も。




