第三十四話 澄明な焔
静寂を切り裂くように、靴音が再び音を刻んだ。
レイヴンが息を呑んだのは、男の殺気に意を決していたからではない。その瞳に映る、轟々と立ち上る業火に圧倒されていたのだ。
まったく、君は本当に…!
男が軽く息を吐いた。その顔は何処か安堵しているような嬉しさを帯びている。
背中に感じる熱気は、段々と温度を上げ、薄っすらと男の額に汗が滲んだ。
汗を拭うように男が髪をかきあげると、視線をディエラへと移した。
男の金の瞳に、燃え盛る業火が映る。その中心にはディエラが佇んでいた。
足元から立ち上る炎がドレスを揺らし、ブロンドの髪を照らしている。炎の灯りはディエラの周囲に満ち渡り、床を蠢く影が怯えるように後退っている。
足元はおろか、周囲に炎を纏うことで、強烈な光が影を立ち入らせない領域を作り出している。
光魔法が影魔法と相対する理由はそこだ。光があれば影は生まれるが、光の領域内に影は交われない。
影が無ければ、彼女の動きを縛ることはできない。
その仕組みをこんなに早く暴かれるとは。
男の唇が、微かに開いた。
またも予想を超えてきた。
そのことがどうしようもなく嬉しかった。
ディエラが炎を纏わせながら、男達の方へと歩みを進める。光が徐々に男たちの方へと伸び、とうとう足元の床までもが光に覆われた。
これで、男は影魔法が使えない。レイヴンの動きを封じていた影も、天敵の接近により、姿を消した。
「さあ、愛する我が娘よ。私の手を取れ」
今度は、誰かの意思ではなくレイヴン自身の意思で、ディエラの方へと手を伸ばした。
炎を纏うディエラの表情は変わらない。勝ち誇ったように微笑むレイヴンも変わらない。
だが、男が動くことは無かった。
男は知っていた。人格の消去は、魔力操作をも退化させることを。
ディエラは空ろな瞳を浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。
「冗談でしょう?」
ディエラが首を傾げた。
ローズピンクの瞳が、レイヴンを捉える。
「矮小な人間の手を取って、私に何の得があるの?」
ディエラの空ろだった瞳に、明瞭な侮蔑が浮かんだ。




