第三十二話 人格の所在
「だから、私の楽しみを奪った男の全てを奪うことにした」
レイヴンの目は見開かれ、まるで武勇伝のごとく言葉を並べる。
復讐に取り憑かれたその瞳が爛々と輝き、口元には隠しきれない愉悦が滲んでいる。
「そいつには子どもがいてな。それを引き取り、入隊させて、仕事まで与えた。父親を殺した相手とも知らず、最期まで私を慕っていた」
レイヴンの身の上話を聞いても、ディエラの表情は変わらない。
だが、レイヴンがディエラに聞いているかと問い質すことは無かった。
強い復讐心を抱き、夢半ばで挫折した者。同じ境遇にある二人は、復讐を果たせない絶望を知っていた。
ディエラは、今まさにその状況にいる。レイヴンの脳裏では、打ちひしがれ、生きる希望を失くしたあの時の自分の姿が重なっていた。
ならば、これほどまでに甘美な言葉を無視できるはずが無い。
レイヴンは、諭すような声色に切り替え、言葉を重ねた。
「復讐の種を蒔き、育つのを待つんだ。いずれ何を知り、どんな顔で自分に牙を剥くのか。その日を考えながら手をかける」
想像してみろ、そう言いたげな口調でレイヴンが語る。
ディエラの眉がピクリと動き、レイヴンが怪しげに目を細める。
「恩人だと信じて見上げてくるたび、笑いを堪えるのに苦労したものだ」
「黙れ」
男が、レイヴンの首へ手をかけた。
男もまた、ディエラの反応を見逃さなかった。
レイヴンが話した内容は、ディエラにとってあまりにも魅力的だ。新たな復讐を生み出し、今度こそ自分の手で成し遂げられる。
男が興味をもったディエラがまた見れるなら、男はそれでも良いとさえ思った。
どうせ当主は殺される。そうなれば、次の標的はこの現状を作り出した僕だろう。その瞳が、僕だけに注がれるなら、たとえそれが嫌悪や憎悪でも良かった。
だが、思い出した。
先程感じた既視感の正体を。
『あの顔、どこかで……』
あれは、首輪を着けられる前の奴らの顔だった。増幅されたトラウマと恐怖で、自我を消された無機質な表情。
ディエラは復讐を失ったことで、その抱えきれない負の感情が、ディエラの中の”ディエラ・リゼ・ヴァルディア”という人格を消したのかもしれない。
真相は分からない。ただ、今のディエラが正気じゃないことは確かだ。
レイヴンは、今が好機だとディエラに首輪を嵌めようとしている。新たな希望を与え、駒にしようと企んでいる。
この瞬間を待っていたのか。ディエラに付け入る隙が出来るのを特等席で窺っていた。
最初から、口も塞いでおくべきだった。
何をするか分からないと警戒しておきながら、動きを封じさえすれば十分だと思っていた。その隙に、ディエラへと手を伸ばされている。
男の中の苛立ちが溢れ、レイヴンの首元に回る指が食い込んでいく。




