第三話 死神は無信奉者
死神。
男の与り知らぬところで広まった、趣味の悪い異名。
男は知っていた。神など、何処にも居ないと。
死を運ぶ神も、人間達が信仰する神も男は見たことがない。それなのに、人間は勝手に姿を思い描き、畏れ、縋り、名を与える。自分では理解できないもの、したくないものを、存在しない何かへ結び付ければ、それで納得できるらしい。
そんな愚かなで盲目な信仰に、気が付けば自分まで組み込まれていく。その不快感に誰も気が付かない異様さが、余計に男の心情を加速させた。
男は少しの沈黙の後、こちらの番だと言わんばかりに笑みを張り付けた。最も、ディエラにはその全容を目視しかねるが、そのわざとらしく歪ませる口元は確認できた。
「でも、そこまで調べたんだ」
男の口調に先程の軽口が戻ってきた。楽しそうな声色を響かせ、パチンと手を打った。
「やるね。頑張ってこそこそと嗅ぎ回ってた甲斐があったわけだ」
ディエラは男の言葉に含まれた真意を問い質すことも、調べた経緯を弁明することもしなかった。
男はディエラが探りを入れていたことを知っているのか、はたまたカマをかけているのか。それを口に出すこともしない。聞いたとて男はのらりくらりと躱すだろう。それでは男の思う壺だ。だが、考えを巡らせたとて答えは出ない。
ディエラはテーブルに視線を戻した。
レックス、ロイ、エリノア。三人が抵抗しなかったとは思えない。無条件の降伏はヴァルディア家にとって死と同義だ。
それに、レックスは武芸に秀で、ロイは用心深く、エリノアにも炎魔法の才があった。三人を相手取り、逃げることさえ許さず、無駄な傷を残さずに殺す。それだけでも、並の人間に出来ることではない。
“死神が請け負った仕事に、ただの一度の失敗はない”
死神について調べていくにつれ、その噂を単なる誇張と切り離すにはあまりに証拠が多すぎた。極めつけは目の前の三人の姿。死神の実力を裏付けるのには十分すぎる状況であり、これでもなお目を背けるほどディエラはおめでたい思考をもっていない。
だが、三人を殺すだけであれば候補は未だ絞れない。腕が立つという証明だけでは理解し難いことが多い。
ここは、ヴァルディア家の本邸。
帝国の矛と称される当主──レイヴン・ジード・ヴァルディアが暮らす屋敷に忍び込み、使用人や警備の目を搔い潜り、レックス達を殺して回る。仮に二つ目までを突破したとして、レックス達と交戦してる間に使用人達が駆け付けないわけがない。現に、使用人達は廊下のいたるところで倒れていた。
あれも男の演出だというなら、それはもう感心に値する。だが、少しずらされた形跡はあれど使用人達が別の離れた場所から引き摺られてきた様子はない。
ここまでの惨劇を作り出すにはサラスヴァティ―の当主でさえ容易には成し得ないだろう。
となると、自ずと候補は一つに絞られた。




