第二話 悪女の挑発
「貴方…そう。成程ね」
「あれ?驚かないんだ」
音も無く現れた男は壁に寄り掛かったままディエラを眺めていた。
黒髪は乱れ、支給された制服には乾きかけた血が張り付いている。男の飄々とした態度から察するに、全て返り血なのだろう。
首元にはヴァルディア家の紋章が刻まれた《祝福》の首輪が顔を覗かせていた。
ディエラは男を一瞥すると、再度テーブルに視線を落とした。
テーブルに並べられた弟妹達。全員椅子に拘束されているものの、首から上は比較的綺麗なままである。ロイに至っては、ご丁寧に割れてひしゃがった眼鏡までかけられている。明らかに第三者の思惑が絡んだ故意的な行動だ。証拠に、ディエラが溶かした扉から全員の姿が見えるように並べられている。
その周到さに、ディエラは関心さえ覚えた。
「お父様も落ちたものね。飼い犬に牙を剥かれるなんて」
「僕が裏切ったとでも?」
男は壁に寄り掛かったまま、軽く首を傾げた。
その声には、咎められた者の焦りも弁明しようとする必死さも無い。月明りの届かない場所に立つ男の顔は、口元に薄い笑みが浮かんでいることしか分からなかった。
見当違いだと笑っているのか、それとも、図星を突かれてなお余裕を装っているのか。
ディエラは、その表情を探るのをやめた。
答えは、もう出ている。
「ええ。この三人を殺せるのは、お父様かサラスヴァティ―の当主…」
ディエラはわざとらしく名を口にするごとに指を畳む。ひとつ、ふたつ、と畳まれていく指がピタリと止まった。
「あとは、”死神”くらいかしら」
ディエラは最後の指を畳むと顔を上げて微笑んだ。綺麗な微笑みは何処か挑発を帯びている。月明りがスポットライトのようにディエラを包み、男は微かな憎たらしさを感じる。
「……その呼び方、嫌いなんだけど」
ディエラの笑みは崩れない。
ディエラは知っていた。男が死神と呼ばれるのを嫌うことを。
屋敷で情報収集を行っても死神の名を聞くことはない。裏の世界ではあれほどまでに周知の事実とされているのに、当事者の周りで聞かない理由は何か。勿論、存在を秘匿する意味もあっただろう。だが、それ以上に死神の尾を踏むような真似はすなわち死を意味すると理解していたからだ。
だからディエラはわざと死神の名を強調し、男の感情を揺さぶった。
反対に男の笑みは微かに薄れ、その声には隠そうともしない不快感が滲んでいた。




