第二十八話 愛憎の交錯
「お母様を苦しませなかったなんて。最期まで娘の命を乞わせておいて、随分と優しいお話にしたものね」
開いたままのフィオルナの口が震え始めた。
極限状態で掘り起こした記憶を嘘で塗り固めたせいで、どこまでが嘘で、どこまでが真実なのか。当の本人さえも、もはや分からなくなっていた。
「邪魔な相手を前にして、ただ消して終わり?それで満足するような人間にヴァルディアを名乗る資格がないことは、ヴァルディア公爵夫人が一番よく分かっているでしょう?」
フィオルナが何かを否定するように、必死に首を振った。それがこの現実なのか、吐いた嘘についてなのか、言葉にならないその吐息からは伝わらない。
「それに───」
ディエラはゆっくりと立ち上がり、その最中で男へと視線を送った。
次いで、エリノアを見るディエラの意図を、男は瞬時に理解した。
男は口元を緩ませながら、人差し指を自分の方へ軽く曲げた。
椅子の下で影が蠢く。
エリノアの手首から、拘束の役目を果たした影が退いていく。同時に、動かないはずのエリノアの腕がゆっくりと持ち上がった。
フィオルナの喉が絞まり、口から息が漏れる。
「あ…ああ……!」
愛する娘が変わり果てた姿で立ち上がる。
生きていた頃と同じように背筋を伸ばし、ドレスの裾をつまむ。片足を引き、膝を曲げ、軽く頭を下げる。
申し分のない挨拶だった。
「……ぁ、あ…いや、…やめ……」
フィオルナは娘を見上げていた。うわ言のように何かを呟き、その瞳からは涙が溢れる。
ディエラはエリノアの背後へと回った。
エリノア越しに、フィオルナと奥に佇む男達が視界に入る。
フィオルナの悲痛に歪む表情は、幾分か心が満たされた。
上出来ね。
言葉を介さなくても的確に意図を汲み取る男へ、心の中で称賛を送った。
お父様も一目置き、フィオルナが最も可愛がっていた娘。いつも傍に置き、髪を整え、自他共に認める愛らしさを誇っていた。
ディエラは、かつてのきめ細やかさを失ったエリノアの頬へ指を滑らせた。
その様子を見て、男が再度指先を動かす。
「やめ…ぁ、あぁ、…いや、いやよ…触らないで……」
フィオルナの懇願などお構いなしに、エリノアの身体を影が纏わる。
エリノアの項垂れていた顔が独りでに上がり、フィオルナへと向けられた。
「ほら。大好きなお母様よ」
ディエラは、エリノアの両頬を背後から両手で包み込む。
冷たい頬へ指を添え、口を強制的に動かした。
「お・か・あ・さ・ま」
ディエラは自身の動かす手に合わせて、声をあてる。
エリノアと似つかぬ声域のディエラだったが、フィオルナの正気を揺さぶるには十分だった。
「だ・あ・い・す・き」




