第二十六話 古代の異術
「…これは、」
レイヴンの足が、本人の意思を持たずに床を踏む。
椅子から立ち上がり、体の向きを変える。その動きに不自然なぎこちなさは無いものの、肘掛けへ残そうとした指は、力を籠めるよりも先に引き離されていた。
足元の影が、薄く揺れる。
「闇魔法───忘れ去られし魔法。お前もまた、この私を欺いていたというわけか」
男は答えなかった。
レイヴンの視線が首輪へと向かう。驚きと屈辱、そのどちらともつかない笑みが口元に浮かぶ。
ディエラは拘束を解けと言った。
だが、この当主を自由にする気は、男には無かった。何をしでかすか分からない。面白くなってきたところへ、余計な横槍を入れられることがあってはならない。
ディエラは当主の足元を一瞥し、何も言わずに歩きだした。
憎い相手だからと言って、レイヴンの実力を侮ることはない。自由を与える必要のない相手へ、わざわざ逃げ道を作らないという考えはディエラとて同じだった。
一方で、フィオルナは自分の足で立ち上がっていた。
身体が動くことを確かめるより先に、ディエラに詰め寄る。
「あの子達は、どこにいるの?」
「こちらよ」
ディエラは柔らかく答え、その声に促されるようにフィオルナが後へと続く。
男は自分の前にレイヴンを行かせると、最後に部屋を出た。
誰を連れ、何を見せ、どこで足を止めさせるのか。それを決めるのは、もう彼女だった。
*
廊下に出ても、誰も死者を見ることは無い。
フィオルナの足元には、長く彼女に仕えていた侍女が倒れている。エリノアが幼い頃から世話をしていた乳母も、その先にいた。
だが、フィオルナは立ち止まろうともしない。
ドレスの裾を持ち上げ、まるで汚物を見るような目で血溜まりを避け、ディエラの背を追っている。顔を上げるたび、その視線は廊下の奥へと向いていた。
子ども達のことしか、頭にないらしい。
よく尽くした使用人であろうと、家族にはならない。自分の内側へ入れた者だけを案じ、それ以外は顧みない。
お父様が見込んだ通り、彼女はヴァルディアの特色によく馴染んでいる。
やがて、大広間の扉が見えた。
縁が歪み、金具の周りは溶けた跡が残っている。ディエラはその前で足を止めると、既に扉の役割を成さない物体に手をかけた。
レイヴンの視線が、扉だったものへと向けられる。
その眼差しは、溶けて固まった金属の縁を辿っていた。
傷つけられた屋敷を惜しんでいるようには見えないが、直接触れて確かめることのできない身体に少々の苛立ちを感じているようではあった。




