第二十四話 潜心する懐灯
男は、フィオルナを横目に移す。
話の筋は単純だった。
彼女の母はグレイスという名前らしい。
そのグレイスとやらを殺したが、苦しませてはいない。夫人同士の争いなど貴族社会では珍しくなく、グレイスも自分の立場を理解していた。当主も承知の上で、むしろ自分の働きを認めていた。
途中に挟まれた弁解を除けば、それだけの話だった。
公爵夫人の目は落ち着きなく泳いでいた。だが、説明を始めてからは、言葉が詰まることは無かった。どこまでが自分の罪で、どこからが仕方のないことだったのか。この女の中で、とっくに整理がついているようだった。
その中に、後悔は含まれている様子は無かった。
今この場を逃れ、自分と子ども達を守りたい。それだけが、声にも眼差しにも、態度にも滲んでいる。
『────グレイスが苦しまないよう……』
あの言葉が嘘であることを、ディエラが見抜けないとは思えない。
娘だけは助けてほしいと何度も懇願した。その様子を語っておきながら、安らかに逝かせたと言い繕う。息を吐くように噓をつく人間特有の無意識の綻びだった。
だが、ディエラがそれを咎める様子は無い。
男は再びディエラへと視線を戻した。
俯いたまま動かないその様相は、母の最期を聞かされ、感情を持て余しているように見える。
男の指先が、ゆっくりと下がった。
求めていたのは、平凡な少女の顔ではない。
死者の前でも冷静に考え、こちらの思惑を見抜き、差し伸べた手すら払いのける女。次に何をするのか、簡単には計れないからこそ面白かった。
それが今や、母を失って呆然とする平凡な少女として立ち尽くしている。
初めて見たはずの感情だが、その先はもう、分かる気がした。泣くのか、怒るのか。それとも、母を返せと嘆き叫ぶのか。
胸の内に残っていた熱が、少しずつ引いていく。
男は小さく息を吐いた。
もっと、長く楽しめると思っていた。
視線を落とし、懐へと手を滑らせる。指先には忍ばせていたもう一方の短剣の柄の感触を感じた。
「ディ、ディエラ…?」
先に行動を起こしたのはフィオルナだった。
ディエラの沈黙に耐え兼ねたのか、恐る恐るディエラの様子を窺っている。
「全て話したわ。お願い、あの子達が今どうなっているのか、教えてちょうだい」
男は機嫌を窺う女とその隣のレイヴンを、順に視線でなぞった。
彼女のために生かしておいた。ディエラが長く望んでいたものだと知っていたから。
それをこの場で取り除いたら?
短剣の柄に指がかかる。
用意した三人では満足できなかったらしい。ならば、残しておいた二人まで失えば、元の彼女に戻るだろう。
もはや、先程までの強い興味は無い。
それでも、最後に泣き叫ぶところくらいを見れば。あれほど気丈に振る舞っていた女が、何も得られずに崩れ落ちる姿なら、多少は楽しめそうだった。
男が柄を握りしめた、その時だった。




