第二十一話 緘黙の異端者
男の視線が、ディエラの腕へと落ちた。
組まれた腕の陰で、指先が布を掴んでいる。
ほんの僅かな変化だったが、先程まで刃を突きつけられても動じなかった女が、母親の話を口にした途端、様相が変わった。
男はその手を眺め、それから横顔へと視線を戻した。
母親が、憎悪の始まりなのだろうとは思っていた。
ただ、自分には、母を恋しいと思った覚えがない。死んだ者のことを考えるだけで、抑えていた感情が身体に表れる。その感覚が、男には理解できなかった。
ディエラの目は、フィオルナに向いている。いや、その向こうに、男の知らない誰かを見ている。
理由は分からない。だが、彼女が何に心を動かすか知りたかったはずのそれが、今は面白みを感じない。
あれほど異質に見えた彼女が、母を奪われた少女としてそこに立っている。そのことへの物足りなさなのか、それとも、自分の知らない過去に意識を占められているのが気に入らないのか。
それでも、先程のように興味が潰えることは無かった。その奥に潜む真意を知る前に、彼女を推し量るのがいかに浅はかな行動かというのは身をもって知っていた。
男は口を挟むことなく、ディエラを見つめていた。
*
一方で、レイヴンの唇には、ゆっくりと笑みが広がっていた。
この男もまた、娘の些細な感情の露出に気が付いていた。
あの女の後始末は、一切の証拠もそれに至るまでの痕跡も消すよう指示を出した。
突然の死の責任をフィオルナに擦り付けることは簡単だ。
だが、ディエラの瞳や声色に憶測めいた響きは無い。力んだ身体も、真実に迫る人間の緊張の表れそのものだ。
だとすると、あれほど愚かに振る舞いながら、その抱えきれないほどの憎悪を内に秘め続けていたということになる。
癇癪を起こし、罵られ、使用人にさえ侮られていた愚鈍な娘。娘と呼ぶことさえ憚った存在の思い起こされる僅かな記憶が、別の意味を成していたのだとしたら。
この私相手に、見抜く余地すら与えなかった。屋敷の中で、すぐに目をつけられる環境にありながら。
自分を欺いていた。それを認めても、湧き上がってくるのは、腹立たしさよりも喜びだった。
ディエラが自分の関与を認めなかったのは、私にそれを悟られないためだったのだろう。
我が物顔で私の駒を連れて現れたことも、フィオルナへ向ける眼差しも、鮮やかに色目く殺意も、私が知るかつての出来損ないの姿とはかけ離れている。
他の子ども達は、恐らく死んでいるのだろう。
三人を失ったのは痛手だが、それらを凌ぐ輝きを見せたディエラへ意識が傾いていく。
なんとも凶悪な牙を持っていたものだ。
隠し、研ぎ、私の喉元へと届く機会を虎視眈々と待ち望んでいた。
その年月を想像すると、抑えきれない笑いが込み上げた。




