第十九話 深まる疑念
「…ディエラ」
低く掠れた声がディエラの名を呼んだ。
若干乱れた黒い髪の隙間から、アマライトの瞳がディエラを捉える。何かを確認するように男へと視線を向け、それから再びディエラへと戻る。
「お前、何をした?」
レイヴンが静かに放った問いかけには、怒りが滲み、常人であれば耐え切れないその迫力が場の空気を支配した。
ディエラは黙ってレイヴンの瞳を見つめていた。
正確には、怒りと殺気を含んだ眼差しの奥で揺れる期待感を見据えていた。
拘束され、屋敷を乗っ取られた人間に似つかわしくないその感情は、お父様の余裕の表れだろう。
目が覚めて第一に椅子に張り付けられた自身の腕を見ても、目の前にいるのが私と首輪を着けた家臣なら、反撃は容易い。そう踏んだのだろう。
だから、確かめることを優先した。
役立たずだと切り捨てていた娘が、自分をここまで追い込んだのかと。
そこには、子の成長を喜ぶ父親の温かさなどない。
使い物にならないと思っていた駒が、思いも寄らぬ働きを見せた為に、その価値を改めて計ろうとしているに過ぎない。
「残念ながら、何も」
ディエラは目を伏せた。
言葉通り、残念だった。お父様をこの椅子に座らせたのは、私じゃない。
ディエラは目を伏せたまま、右手を上げてひらりと男を示した。
レイヴンの視線が、ディエラの示した方へと移る。
だが、向けられた視線が交わうことは無い。
男は自分に話を振られていることを理解しておきながら、かつての主人に一瞥すらしない。ディエラの伏せた睫毛と、下ろされた指先をじっと眺めていた。
*
「これが……」
レイヴンの言葉が行き場を失くしたように途切れる。
首輪は確かに嵌まっている。金具も、魔法石も無事なように見える。それなのに、男は主人である私の問いかけに応じず、ディエラから目を離そうともしない。
その眼差しを見て、レイヴンはディエラに視線を戻した。
”魅了”
そう考えれば、辻褄は合うように思えた。
前例など無い。だが、祝福より強い支配をかけたなら、私の命令を退けた理由になる。
しかし、ディエラの返答は違った。
何もしていない。
それが事実なら、首輪を着けて従っていた日々は何だったのか。
そもそも、ディエラに祝福を上回るほどの魔力は無い。
隠していた?
だが、いつから?
レイヴンは眉間に皺を寄せる。築いてきた土台への信頼が崩れていくのを確かに感じた。
レイヴンの思考が深まる中、隣の椅子が音を立てた。




