第十八話 蠢く闇
男は、話しを終え、再度前に向き直って歩くディエラの横顔を眺めていた。
これまで出会った貴族の多くは、”死神”を我が物にしようと息巻いていた。
ヴァルディアの当主が認め、影を率いることを許した男。その力を手中に収めようと、金や地位をちらつかせる者や当主への忠誠を疑わせる言葉を選ぶ者がいた。
手段は違えど、奴らは皆、欲しいという気持ちを直接言葉にすることは無かった。貴族のプライドなのだろう。それでも、こちらが少しでも応じる素振りを見せれば、途端に目の色が変わる。
だが、ディエラは違った。
皆が欲しがるその所有権を前にしても、差し出した手を一瞥するだけ。その実力を知っても尚、鬱陶しいと払いのけた。
それでこそ、彼女らしい。
男は前へ向き直った。
いつの間にか目的地の眼前に辿り着いており、二人の視線の先には閉ざされた扉が見える。
何故この場所を知っているのか、その問いが口から発せられることは無い。
聞いたところで、返ってくるのは退屈そうな視線と憮然としたため息であることを知っているから。
男の興味は彼女の行動ではなく、彼女自身へと変貌していた。
扉の手前でディエラが歩みを緩める。
男はディエラを追い越すと、扉へと手をかけた。
振り返ると、ローズピンクの瞳が静かにこちらを見ていた。
てっきり扉を見ているものだと思っていた男が少し驚いた様子を見せると、ディエラは片方の眉と首を上げ、扉を開けるように促した。
「お待たせ」
男は愉しげに笑い、扉を押し開いた。
*
扉の先には、来客用の二脚の椅子が並べて置かれていた。
レイヴンと現公爵夫人────フィオルナ・レーテ・ヴァルディアがそれぞれに腰掛けている。二人は深く項垂れ、顔は見えなかった。
ディエラは入り口で足を止めた。
腕にも足にも、拘束具らしきものは見つからない。
それなのに、動く様子は無い。
首筋を、冷たいものが伝った。
男はメインディッシュと言った。だが、確かに生きているとは言っていなかった。
ディエラはゆっくりと、隣へ目を向けた。
「大丈夫。殺してないよ」
問い質すより早く、男が口を開いた。
扉を開けてからも、男はディエラを見続けていた。ディエラの鋭い眼差しを受けても笑みを崩さず、片手を上げる。
ぱちん、と指が鳴った。
レイヴンがその音に呼応するように、微かに動いた。フィオルナは相変わらず項垂れたままだが、目を凝らしてみると規則正しく肩を揺らしている。息はあるようで、一先ずレイヴンへと視線を戻した。
その時、足元で影が揺らめいた。
ディエラは視線を落とした。
窓から差し込む月明かりも、椅子の位置も変わっていない。それなのに、床に浮かぶ影だけが、一瞬遅れて形を取り戻したように見えた。
”見間違い”
そう片付けるのには、隣にいる男の情報が不明瞭すぎる。
ディエラが視線を移す瞬間、男も追ってその先を見ていた。
目の前にいるのは、ディエラが長年憎み続けていた相手だ。その顔が上がるより先に、床の異変へと目を向ける。
やはり、ただでは見過ごさないらしい。




