第8話 未知との遭遇
龍帝が発動した魔法は大きな空間を半円形状へ広がる。私のライブラリでは検知出来ない未知の言語の記述が展開された光の文字には羅列してあった。これが魔法だというのであれば、私が知らない理外の現象を目にしているということになる。
「これは……一体……」
表情を表には出さないが、見たこともない現象にメンテは明らかに動揺している。
「慌てるな。間もなく繋がる」
「繋がる……裁定者の活動が開始されるということでしょうか?」
「どうだかな、こればかりはやってみないと我にもわからない。だが、我の発動した術は発動し交信の再構築を始めておる。今にわかる」
龍帝が言う言葉には迷いも未知への恐怖すらもない。可能性があるのであればそれに向けて全力を出すという意思さえ感じることが出来た。
瞬間、空間の景色が変わった。
「これは、植物? いや、記録映像にある草原だ」
メンテがかなり驚いている。
「風がある。これが草原か」
腰までの高さのある草が身体に触れて少しくすぐったい。風もかなり気持ちいい。これまでの記憶で感じたことがない。色彩と香り、温かさを感じる優しい空気だ。
「龍帝、これは成功したということ? ここが神とか管理者がいるところで間違いないの?」
龍帝からは反応がない。目には強い警戒を帯びた眼光を周囲へ光らせていた。
「もしかして、敵がいる? 失敗した?」
「わからぬ。ここは管理者がいる世界ではない。途中で邪魔が入った。我の術を突破してくるとはな、かなりの強敵かも知れぬ」
龍帝の言葉には緊張感が強く含まれていた。私とイフの索敵で周囲の情報収集と同時に届く範囲まで警戒網を広げた。メンテは警戒している様子はない。
「近く……には、いないようだよ」
「いや、確実にいるぞ。小娘。我の術式範囲内には何かがいると告げている。感知や目視で確認は出来ないが、おおよその場所まではわかる。あの方角だ」
龍帝の爪が指さす方向へ視線と警戒を向けた。何も見えない。何もない。地平彼方まで草原と緩やかな丘が続いている。温かい風が私の全身を吹き抜けていく。やはり、計器類には異常の数値や反応は見られない。フィルターを交換しながら事象の感知感度帯を調整した。それでも見えない。
「駄目だ。私の索敵には全く検知出来ない。本当にこの先に何かがあるの?」
「ああ、いる。警戒を怠るな」
龍帝の表情は険しいままだ。何かがこの先にあるのか。龍帝の発言には邪魔が入ったと言っていた。つまり、敵の可能性が充分に高いと見た方がいいだろう。
「イフ、何か感じる?」
「んにゃ、俺にもさっぱりだ。だが、龍帝さんの魔法の影響の可能性もあると思われるが、確かに事象計器に揺らぎを感じる。極微少で危険度は少ないと見える。しかし、龍帝さんには何かを感じているんだろう。ルナ、警戒を怠るなよ。この状況は俺たちにとっても未知の状況で状態だ。何が起きるかはわらなねぇ」
「そうだね、わかったよ」
警戒を強め、ライブラリにアクセスを開始。即時戦闘態勢に移行出来るように準備を整えようとした瞬間だった。
「人?」
草原に人が立っている。人というのにはどこか、無機質な印象と完全人ともどの人種とも異なると網膜照合で結果が出た。人の形をした何かだ。黒いローブを羽織っている。顔色に表情はない。というか、お面のようにも見える。本当にあれは人なのか。
「メンテとやら、あれは何だ?」
龍帝の警戒が更に高まった。メンテは龍帝の問いに対して一瞬反応が遅れて対応した。
「あ、あれは何でしょう? 私にもわかりません。しかし、私どもと同類ではなさそうですね」
「その根拠は何だ?」
龍帝は視線をその対象に向けたまま問いを続ける。
「もし、塔にまつわる存在であれば私どもと接続しているはずです。特に裁定者の関連者であれそれは同じ意味です。つまり、あれは私どもや裁定者とも塔にも関連が無い……何かです」
「充分だ」
龍帝が口を大きく開く。
「メンテ! 伏せて!」
『龍帝の漆黒息』
龍帝の咆哮一閃が謎の存在へと直撃する。漆黒の閃光と闇を具現化したような爆炎が草原に焼き払った。衝撃波が周囲を包み込む。周囲の状況が見える頃には跡形も無く、球形の巨大な跡が残されただけだった。大地が焦げた匂いは風に混じって私の鼻孔を突いた。
「龍帝、いきなり攻撃ってそんなに危険な相手だった?」
「ああ、我の直感がそう警鐘を鳴らすからな。あれは何だ……」
「でも、あの攻撃で消し飛んだから確認しようがないよさ」
「いや、小娘、まだ終わっていないぞ」
ピリッと、殺気が穏やかな空間を支配した。
「おいおいおい、ルナ、最大限注意しろよ。俺たちは今、未知の何かと遭遇している!」
「イフ、わかっている! でも、この感じどこかで似たような……」
私の動体目視では確認不可だった。光や次元を捉える程の私の目視を超えての移動? 有り得ない。私が知る世界の法則で物事が動いていない証拠だ。イフも混乱している。私と連動して状況の整理をこれまでの処理速度よりも数段階上げて分析と解析、情報処理を進めた。
「戦闘音? 龍帝!!」
龍帝と何かが激しく戦闘している。目視で捉えることが出来ない。衝撃音だけで大地が簡単に崩れていく。
「メンテはどこ!」
周囲を見渡すが、メンテの姿は見えない。龍帝と一緒にいる? いや、あの敵との戦闘にメンテではついて行けないだろう。
「ルナ、こっちだ。こっちから反応があるぜ」
「メンテ!」
草を掻き分けてイフが示した座標へと向かった。そこには、残骸と化したメンテの姿があった。
「メンテ! 聞こえる? 私、ルナだよ。生きている?!」
「イフ、メンテの状況は」
「こりゃ、俺の構築でも修復不可能だぜ。恐らく身体の損傷よりも意識を司る部分の損壊が絶望的だ」
「出来るだけでもやってみよう」
「わかった」
イフが周囲の物質を再構成して欠損したパーツや損傷した足、腹部、胸部、頭部へと再構成し元に形へと形成されていく。その過程で重要な箇所のパーツの復旧も同時に試みる。メンテの構造は特殊らしいが、全身が元の形に戻るまでにはそう時間が掛からなかった。複雑な構造をしているのはルナの方がよっぽど大変とのこと。
「よし、身体は元に戻ったけどメンテの意識が戻らないか」
「ルナ、これからライブラリにアクセスして俺経由でメンテの再起動を試みるぜ」
「わかった!」
イフがライブラリにアクセスを開始し、メンテの周囲に光の輪が広がる。数式と構築式が空間に浮かぶ。体外でライブラリにアクセスを行使したのいつ以来か。完了と表示が出た。再起動開始。
メンテの身体が大きく跳ね上がる。
「駆動部分への接続にError。次」
「よし、今度は成功だぜ」
イフの言葉と同時にメンテの目に光が灯った。
「私は一体……」
「メンテ、大丈夫か」
「あなたは、ルナ?」
「そう、私はルナ! どこまで覚えている?」
「私はメンテ。塔の番人にて案内人。ここは、確か、裁定者ををををおをを……」
メンテの様子がおかしい。今もライブラリと接続した状態で動かしているので、恐らくメンテは接続を待たずにシステムダウンする可能性が高い。私の脳内にライブラリからErrorの膨大な羅列が表示されていく。復旧はイフが同時に改善と対策と修繕は試みてはいるが、システムが完全にダウンする方が早い。
「メンテ! 気をしっかりして! 私はルナ、龍帝と一緒に裁定者に会いに来て、龍帝が交信を試みて今の場所にいるの。そして、正体不明の何かに襲われたの」
「……ルナ、私は理解している。あれは敵です。私たちの裁定者の実行を妨げた原因にして存在。私は敵の攻撃を最初に受け、オブリビオン殿が即時に戦闘を開始したログが残っています」
そうか、最初に攻撃を受けたのはメンテだったのか。だけど、何故、龍帝ではなくメンテを?
「あれは何か覚えはある?」
「あれは、我々とは関連がありません。この幻影の空間すらも敵による障害の影響でしょう。ここは強固な檻であり、脱出は容易でないと私の思考処理が判断します。ですが、私はここまでのようです。私の存在が塔から遮断されているためにバックアップが適用されていません」
「つまり、この空間から脱出出来れば意識が回復するということ?」
「いいえ、恐らく裁定者が機能しなくなった時点で塔の存在機構ごと破壊されていた可能性が極めて高いです。なので、仮にこの空間から脱出出来たとしても私が回復または元の塔の番人として機能することは二度とありません」
奥歯を強く噛んだ。
「敵は何故、メンテを攻撃をしたか、あれは何なのか」
「私が貴女に伝えられるのは、これだけです。あれは、私たちの塔を壊した何者かの存在の一因であり関連があるということ。そして、貴女たちの言うところの愛国者という存在の介入があった事実が確かに……」
「メンテ!」
「裁定者を……頼みま……す」
メンテの目から光が消えた。
「イフ! メンテの様子は?!」
「ライブラリにアクセスしながらサポートしたが、本体が限界を迎えてしまった。損傷箇所は0%なんだが、魂というべきか精神を司る部分が損壊して修復が不可能だ。メンテの言う通り、塔自体がそれを補完していたのであれば救いはあったんだろうが、恐らくメンテの言う通り塔自体が機能を完全に停止している可能性が高いというのが確定したぜ」
「クソッ! 龍帝は」
「上空で戦闘を継続している。あの龍帝と互角以上に相手は戦闘しているところを見るに只者じゃない」
「わかった。メンテの弔い合戦だ。私も参戦する。あれは敵だ」
「OK、マム。全力でサポートするぜ!」
装備を換装して激しい戦闘を繰り広げている戦場へと向かった。




