第23話 仕返しするタイミング
部屋の中は複雑な機械で埋め尽くされていたが、どこか生物的で自然の中にいるような錯覚を感じた。部屋には多数のモニターが表示されており、何かの数値かデータを表示してあったが、未知の言語のため何が書かれているのか、何がどういうアイコンなのかすらもわからなかった。
「イフ、ここが例の調停者がいるという部屋で間違い無さそう?」
「ああ、確かに地図の座標はここを指していたぜ」
「うむ、誰かがいる気配はせぬな」
「あたいも感じ無いにゃ」
「私も感じ無い。ここで本当に合っているのかな」
ここの施設の地図をイフから共有された際に広大な施設だということは把握をしていた。この広大な移動にも下層の地域での技術が活用されており、通路間での移動を短縮するという超長距離移動を違和感も利用者の負担無く発動していたということのようだ。イフに言われるまでは、まるで私も感じることや検知することすら不可能だった。
「基底科学とは何もかも次元が違う」
「ルナ、それはちと解釈に齟齬があるぜ。俺の認識だと、俺らの基底世界とは少し軸がズレただけで文明レベルは俺たちと同等って可能性も充分に有り得るぜ。その証拠に、俺がセキュリティ解除出来たというのが証拠だぜ」
「確かにそうだね! 私は起きてから少し変なのかな」
「ルナのバイタルサインには異常は見られないぜ。だが、以前も伝えたように、今のルナは完全に愛国者と融合している状態だから、以前よりは出力や能力も桁違いに進化しているんだぜ」
「そうだと良いんだけれど。私の感覚だとあまり実感が」
「イフよ、この部屋で出来ることは無いのか?」
「ああ、旦那。今、アクセス中だぜ」
「仕事が早くて助かる」
「ここは俺の領域だからな。任せて貰おうだぜ」
モニターと半透明の映像を見る。何かの位置や座標を示しているだろうか。調停者は別の部屋にいるということなのか?
「そういえば、にょにょは?」
「あのバカ猫、どこかへ勝手に行ったな」
「ありゃこりゃ、姐さんまた旦那に叱られるぜ」
龍帝とイフがあきれていた。にょにょが突然いなくなるなんて変じゃないか? そう私が考えていたら、部屋の奥から笑い声が聞こえてきた。
「くすぐったいにゃー」
「ほれほれぇー」
誰かと居る?!
「貴様ァ! 何者だ!」
龍帝が瞬時に戦闘態勢へと入る。私も同時だ。
「大丈夫だにゃ、この男の子は安全だにゃ」
「安全だと?! バカ猫、精神干渉を受けたのではあるまいな!」
「変態どらごんのバカおやじと一緒にしてもらっては困るにゃ。この子があたいたちが探していた本人だにゃ!」
さらっと、にょにょがとんでもないことを言った。この子が重力崩壊調停者? 信じられない。見た目は幼い子どものようだ。私の眼に表示される情報は、生命体と反応が出るが、この部屋に入ってからそういう反応は一切無かった。つまり、この部屋へ通じる別の通路から入って来たのか、または突如出現したのかのどちらかだ。
「お姉さん、お兄さん、落ち着いてください。私はキキと申します。初めまして。そして、ようこそ、世界重力均衡管理局「エピタキシス」の代表を務めております。どうぞ、よろしく」
少年は深く丁寧にお辞儀をした。敵意は感じないが、警戒を緩めることは出来ない。にょにょを龍帝の言う通り、精神干渉したという線も考えられる。龍帝がそう発言をするのだ、私たちが知る全ての道理や法則が通じる相手ではない可能性も充分に考えられる。
「安心するにゃ、あたいは精神干渉なんて受けていないにゃ。この子には敵意はにゃいな」
「我がその得体の知れない突如として、出現した存在と共に現れたキキとやらを簡単に信じろというのが無理であろう」
「そうですね。お兄さんの発言には一理ありますね。私はこの世界。いえ、貴方達の言葉で言い換えれば融合された地域と言いますか、私はその地域のいわゆる管理者であり神です」
「貴様が我と同格だと?」
「ええ、そうです。私は現在、少年の身体を模していますが、正真正銘ですよ」
「そうだにゃ、あたいは精神干渉の類いは一切通用しにゃいな!」
「だが、確証が持てないな」
龍帝がかなり慎重だ。表情には出さないが、いつでもここは戦場になるという覚悟を感じる。にょにょが精神干渉されたという形跡を今の私が知る術は無い。イフにも探らせてはいるが、龍帝も同様に探っているが確実でないから警戒を強めているのだろう。
「私はあなた達と戦いたいわけではありません。ここに来た理由が知りたいのです」
「ここに来た理由?」
「そうです、お姉さん。私はこの地域を現在も統べて管理をしています」
「管理ってことは。世界の管理権限を今も行使出来ているということ?」
「そうです。ですが、私たちは一度、破れて世界ごと破壊され現在のいる場所へ融合された状態にあるということです。私はここで元の世界へ戻ろうと研究を続けています」
「あなた一人で研究をしているの?」
「ええ、そうですよ。私一人です」
少年は笑顔でコクリを頷いた。
「私たちがここに来た理由を知ってどうするの?」
「そうですね。出来れば、協力したいと思っています。こう見えて貴女たちのような別世界の住人に出会うのは初めてなんです。厳密にはこの今いる場所に強制的に移動させられてからの話ですが」
「わかった。キキ、貴方のことを信じましょう」
「おい、小娘」
「龍帝、大丈夫。私を信じて」
龍帝は私の言葉で警戒を解いた。完全ではないが様子見というところだ。少年は笑顔を崩さない。確かに怪しいと感じるところもあるが、こちらへ全面的に敵意があるという訳でも無さそうだ。しかも、協力したいと言って来ている。キキという少年は別世界の元管理者であり、現在も下層の地域全域を管理しているという存在に位置しているようだ。かつて、龍帝は神とは武力ではなく管理する側だと私に教えてくれた。つまり、この少年の形をした何かは神と同列の何かであることは間違いない。
「私の名前はルナよ。改めてよろしくね、キキ」
「そうでしたか、お姉さんの名前はルナと言うのですね。キキです、よろしく」
互いに握手をした。実体もある。脈や体温もある。まるで人と同じだ。
「キキ、早速本題なんだけれどいいかな?」
「ええ。ルナ」
「私たちは愛国者の暴走を止めようと動いている存在だ。倒したいと強く思っている。愛国者という存在と貴方は戦ったのではないか?」
「ええ、対峙しました。《《アレ》》は愛国者と呼ばれているのですね」
「もしかして知らなかったの?」
「ええ、この世界に融合されてから下層にいる世界もとい地域の管理維持と元の世界へ戻る経研究ばかりしていましたからね。直接、外に情報を得るには接点がこれまで一切ありませんでした。なるほど、あれが愛国者ですか」
「愛国者を直接見たの?」
「いいえ、愛国者というのは恐らく災害に近いものだと私は少なくとも認識しています」
「理由は?」
「確かに相対しているのにも関わらず、そこにいた同僚という神らも配下も愛国者というアレを誰もが別々の認識していたというのが大きな理由なのと、戦況は一方的でした。あっという間に世界は崩れ飲み込まれました。あれ程の力というもの少なくとも私は経験したことがありません。ここに居られる、にょにょのお姉さんや、恐い顔のお兄さんも同様の経験をなされたのでないのでしょうか?」
「そうだ。我らも同様に襲われた存在だ」
「では、アレは、愛国者とは何なんでしょう。神を越える存在? いえいえ、それでは中央の至高神性調律座「ゼニス・カテドラル」が黙っていないでしょう」
「何? その、ゼニス・カテドラルって?」
「私たち神たちも所詮は役人と変わりません。それを統括する中央の組織があるのです。にょにょさんも恐い顔のお兄さんも神と同列の存在であれば、既に連絡がとうの昔に伝わっていて対処しているはずなのに、私がいるここには干渉してこない。もしくは出来ない理由があると私は見ています」
話の次元が、愛国者から神とかの話になっている。
「にょにょさんはご存じでないようですが、そこの恐い顔のお兄さんはどうですか?」
「我もそのような存在は知らぬ。それはお主らの世界での話ではないのか?」
「そうですね、充分にその可能性もあります。だから、ここに干渉出来ないのかも知れません」
「キキ、貴方は一体何が言いたいの?」
「愛国者とは、存在として神より上の存在なのではないかと邪推します」
意味が分からない。基底世界には少なくとも神という言葉と信仰や宗教組織があったことはライブラリに記録として残ってはいるが、実在したという記録はない。現在の愛国者に関する情報にも神と記述するものは見当たらないが、天使という言葉が該当する。この少年が言っていることは、方向性としては間違っていないのではないだろうか。
「その可能性としての範囲では充分に有り得そうね」
「私も随分長く研究していましたから、まず、愛国者という名の情報が手に入っただけでも大きな収穫です」
キキはとても嬉しそうに語る。まるではしゃぐようだ。
「ここには愛国者からの侵攻にはどう対応していたの?」
「特別なことは私は何も。ただ、この今いる場所を管理していただけです。攻撃を受けたことは一度もここに来る前以外にはありません」
「ここから先についての情報ってあったりする?」
「お姉さんたちは本当に愛国者と正面切って戦うつもりなんですね」
「そうだよ、私はずっと戦って多くの仲間を失ってきた。そして、この基底世界の歪んだ増殖を止めなくてはいけない」
「確かに、それは重要なことですね。わかりました。では、協力しましょう。ただし、見返りが欲しいです」
龍帝が恐い顔を更に深める。にょにょは寛いでいる。
「見返りとは、私たちに何を求めたいの?」
「大したことでは、ありません。同行させてほしいのです」
「本気なの?!」
突然のことで驚いた。まさかそういう提案が来るとは思わなかったからだ。
「ええ、本気ですよ。こう見えて一応、神ですから」
「この地域の管理はどうするの?」
「この地域はこの施設が自動的に管理を今までもしていましたし、これからも問題無く運用することが出来るでしょう。直接私が出向いたこと今まで無かったので」
「小僧、本気なのか?」
「ええ、お兄さん。私はこう見えて武闘派なんです。私も同胞をほとんど失いました。そして、仕返しするタイミングを待っていました。情報が無い状態では前に進むにも無謀過ぎますからね」
キキは笑顔で龍帝と向き合った。




