第20話 その存在
「うむ、小娘目覚めたか」
聞き覚えのある声の方向へ私は振り返った。
「うおっ! 人の形をしている?! このお兄さん、人? 誰?」
「小娘、我だ。龍帝オブリビオンだ。寝ぼけておるのか?」
筋骨隆々の男性だ。軽装のように見えるが、私の眼には軽装に見えない程のエネルギーの濃さが表示されていた。上半身は軽く羽織っているだけ、下半身は恐らくズボンという衣類だと思われる。
しかし、ただの生地で出来たものではないということが網膜に表示されている数値からわかる。これは間違いなく、濃い魔力を帯びた力が形を成した何かだ。この基底世界には存在しない。別世界の存在だ。
「小娘、何をジロジロと観察をしておる。どうだ、身体の調子は?」
龍帝が私の目の前にどしりと座る。デカい。
「うん、もう大丈夫。今、イフに現状の説明を受けていたところ。長い時間眠っていてごめんなさい」
「構わん。さて、我からも状況を説明しようか。今、先程、この都市長と呼ばれるものと話をしてきた。この都市に被害や危害がないのであれば滞在は許可とのこと」
「見返りは要求されたでしょ?」
「うむ、都市の戦力に加担するというのが条件だ。それについてはもう既に終えている」
「終えたってどういう意味?」
「この広大な空間には国が多く存在しているようで、領地争いが絶えないのだという。そして、魔獣もいるようでな。その魔獣の討伐と国家間の紛争を解決しておいた」
「もしかして、戦ったの?」
「そうだ。我とにょにょでな。小娘の護衛はイフに任せてしばらく遠征に出ていた。万が一に何かイフと小娘がいるこの部屋に誰かが危害を加えようとした場合はこの都市が火の海になったことだろう。そういう約束をしたのだ」
「それはいつ終わったの?」
「約1年前だ」
1年前は私がまだ寝ている間だ。そんなことが起きていたなんて。
「何、大したことはしておらん。対価に見合ったことをしたまでのこと」
「そんなことがあったんだね。私のためにごめんなさい」
「小娘、このようなことは我にとっては些細なことだ。なぁ、にょにょ」
部屋に女性が入ってきた。誰だ?
「おぉ〜、ルナようやく起きたかぁ。心配したぞぉ〜」
凄いギューッと抱きしめられた。す……凄い力だ。私のボディがメキメキと悲鳴を上げていく。
「こ……このお姉さんはどなた?」
「あたいだよぉ〜、にょにょいる・にょにょだよ!」
「本当ににょにょなのか?」
「あたいの姿は仮の姿だ。語尾もにゃを消したぞ。都市生活に適応したのだ」
なんだか、もふもふのにゃんこじゃない喪失感。
「おい、にょにょ、小娘が残念がっているぞ」
「えぇー、そんなぁー、練習して矯正したのにぃー理不尽だぁ!」
おんおんとにょにょが泣き始めた。龍帝があきれている。
「龍帝から話は聞いたよ。にょにょ、ありがとう」
「あたいはルナが起きてくれて良かった。あたいのせいで起きないのかと不安だったんだ」
「イフから事情は聞いているよ。にょにょのせいじゃなくて、私の中にあった愛国者を解析するための必要な時間だったんだよ」
「そうなのかぁ〜、イフから話は聞いていたけれど不安だったんだ」
「もう大丈夫だから安心して」
今度は安心したのからなのか、別の意味でおんおんと泣き始めた。にょにょってこんなキャラだったっけ?
「さて、小娘。身体には愛国者の素材は馴染んだか?」
「ええ、充分に解析と応用も完了したみたい。イフが常時サポートしてくれていたおかげだね。これで、私もその進化したという天使とも難なく闘えると思うよ」
「そうか、それは良い知らせだな。我も幾度か天使と戦闘したが、我らもこの基底世界と呼ばれる環境に身体が馴染んできたようだ。我もにょにょも以前の比較にはならない程、元の力へ戻りつつある」
「まだ、完全じゃないということ?」
「うむ、理由は調整者の存在が一番大きい。にょにょの力を行使して接触を図ったが拒絶されてしまった。その直後に天使が襲ってきたのを見るに、この世界の管理は愛国者に確実に実権のほとんどが掌握されていると間違い無いだろう。だが、疑問もある」
「疑問って? もしかして、龍帝たちの力が戻りつつあると関連がある?」
「小娘、察しがいいな。そうだ、この世界で完全に愛国者が世界の管理を掌握していたのであれば、我らの別世界の存在が元の力へと戻るという現象は起きない。我が愛国者側ならそうするからだ。理由は簡単、自分たちの脅威を抑えるためだ。だが、現実は違う。事実、我とにょにょは元の力へと戻りつつある」
「愛国者側で何かが起きているということだね」
「そういうことになる。理由はわからないがな。全容を知るにはまだまだ情報が圧倒的に足りないのというのも、また事実だ。ここで判断を早計に下すにはちと危険だと我は思う」
「あたいも同意見だよー」
「にょにょは調整者と交信した際に何か違和感を感じたりした?」
「したよ。ただ、拒絶と交信するための道が破壊されているって印象だったかにゃ?」
「この世界にもやっぱり管理者か神っているのかな」
「いるよ。いない方がおかしいにゃ。世界を管理するのは大変だからにゃね」
なんだか、にょにょの語尾が聞き覚えのある言葉になってきたぞ。
「おい、にょにょ、まだ都市にいるのだぞ。人の言葉で話さないか」
「うるさいにゃ! おっさんは黙っているにゃ!」
「ぐぬぬ、我がおっさんだとぉ〜??!」
「ぷッははははッ、いつも通りの私の記憶の中にある二人のやり取りで安心したよ」
「人里で生きる術はそれなりに経験があるかな」
「あたいもあるにゃ」
「我がにょにょの粗相が酷いから指導したのではないか! 恩を忘れたのか?」
「粗相じゃにゃいにゃ! スキンシップにゃ」
龍帝とにょにょが二人で何か言い争っている。
「まぁ、ルナ、あれだ。二人は人とは異なる次元の世界で生きている存在だから、人里の知識と理解が薄いというのが、こういう都市で生活するにあたり大変で俺の知識と龍帝の旦那の知識、にょにょ姐さんの知識を合わせて工夫したという経緯があるのよ」
「なるほど。確かに二人は神様と呼ばれる存在と同格なんだもんね」
「そういうことだぜ、さて、龍帝の旦那。ルナが目覚めたということはそろそろ出発ですね」
龍帝がイフと私の方へ向き直った。
「ああ、次の場所へ向かう」
「どこに向かうの?」
「重力崩壊調停者がいる場所だ」
「それは何なの?」
「にょにょとこの都市の歴史と文献、そして、最新の情報を入手した。これからの先の区画からは、文字通り世界の常識が異なる。その重力崩壊調停者と呼ばれるものと接触する必要があり、その協力が得られないと次へ進めないという状況になっている」
「どういう意味? 今まで通り、この階層の構造帯を突破は出来ないの?」
「不可能だな。この基底世界と呼ばれる世界は我とにょにょとイフの認識を統合した結果、他の世界を飲み込みながら無限に成長するある種の生命体と同じ活動をしていることが判明した。これは仮説の域を出ないが、現在の我らいた基底世界から次の階層と呼ばれる階層までの間に膜があるようで、それを突破することは不可能ということがわかっている」
「それは龍帝の魔法でもどうにもならないの?」
「本来の我とにょにょであればどうにでもなるかも知れないが、今はこの世界の法則で力を制限されている状態だ。その状態で突破というのは不可能と我らは判断した」
「その重力崩壊調停者という存在と接触出来れば解決するって認識でいいの?」
「その通りだ」
重力崩壊調停者って何者なんだ? そんなデータはライブラリには存在しない。これは新しくできた存在なのか、この階層まで来たから判明したのか?
「それは愛国者とは関連はない?」
「それはわからぬ。だが、確かなことは、その調停者と呼ばれる存在が膜を張っているからこそ、愛国者がこの階層へ侵攻出来ない可能性と事実としてこの都市が他の世界から吸収されて以来、太古から今にいたるまで愛国者という存在から危害や侵攻は受けていないと明言と事実の記録が歴史として残っていた。これは我とにょにょも確認しているから間違いない」
「なるほど。その調停者は少なくとも人類の味方である可能性は高いというのは客観的に見たら、そうと見て取れてもおかしくないね」
「そういうことだにゃ。あたいが考えるにそれもまた他の世界からやってきた存在で間違い無いと思うんだにゃ」
世界が生物のように融合して成長する基底世界。愛国者は何を考えているんだ。何故、こんな世界にしようとしている。愛国者と何だ?
「にょにょ、普通に考えて他の世界を別の世界が吸収した場合ってどうなるの? 神様的に?」
にょにょは一瞬、深く考えてから即答した。
「崩壊だにゃ。法則と摂理そのものが異なる両者混じり合った場合。確実に起きるのは消滅だにゃ。世界が不安定になり世界という認識そのもので簡単に崩壊しちゃうにゃ」
「この世界は《《異常》》って言うこと?」
「異常を越えているにゃ。本当に、このを世界と呼んでいいのかすら怪しいにゃ。管理者もいない、神もいない、数え切れない他の世界の法則が絡み合っているにゃ。あたいも含めて、この都市や他の国々の存在らを含めて別世界の法則がそのまま制限されているとはいえ、この世界という檻で維持されているにゃ」
「それじゃ、早くその調停者という存在と接触しなくちゃね」
「そうだにゃ、座標と位置は把握しているにゃ」
「何故、その存在の位置がわかったの?」
「文献に記してあったにゃ。あたいたちと同様の結論に辿り着いて、大昔の存在が接触しに行った記録が残っていたにゃ」
「そうか、それじゃ確実にその場所にその調停者がいそうだね」
「ただ、生命体であればいない可能性も充分に考えられるにゃ。何かの設備であれば故障している可能性も捨てきれないにゃ」
「その文献にはその調停者という存在についてどこまで記載があったの?」
「接触し世界の維持に貢献したということしか記していなかったにゃ。何かしらの事情が読み取れるにゃね」
どういうことだろう。過去の人たちはその存在と出会い、何を話をしたのだろうか。そもそも会話が出来なかったから記載が無いという線も考えられる。ただ、ここから先へ向かうにはいずれにせよ、調停者という存在と接触するは必然だ。
私の中で何かが大きく動き始めた感覚が膨らんでいった。




