第19話 力強い意思
朝食を終え、食卓にあった食器類を片付けた。まだ不慣れだけれど、お爺さんが優しく教えてくれたおかげで食卓に並んだ食器類や使い方、片付けの仕方とかを学ぶことが出来た。
「お嬢さんや、手伝ってくれてありがとうね」
「いいえ、私が出来ることがもっとあれば、お爺さんのお役に立てたと思うんです」
「気にせんでいいのじゃよ。お嬢さんはそのままで良いのじゃから。儂は充分に助かったのじゃぞ。ほれ、儂一人で片付けるよりも早く終わってしまったのじゃから」
お爺さんが笑顔で笑いながら私へ感謝を伝えてくる。この温かい気持ちはなんだろう。私の心の器が優しさで溢れるみたいだ。
「さて、そろそろ、お嬢さんを案内しなくてはな」
「お爺さん、寂しくない?」
「そうさな、寂しい気持ちというのはまた会える心の築きが出来た証じゃ。儂はまたお嬢さんがここに来た際はもてなすとしよう」
「私はこんなに良くしていただいて、何か恩返しをしたいです」
お爺さんは驚いた表情をした。
「ありがとう、お嬢さん。その気持ちだけで儂は充分じゃよ。ありがとう」
「お爺さん」
「あらあら、また泣いてしまったのじゃな。大丈夫、またいつかきっと会えるんじゃ。ほれ、そろそろ、出掛ける時間じゃぞ」
時間? 部屋には時間を指し示すようなものは、そういえば見当たらない。私の中にある時間を測定するメモリは、やはり機能していない。
「う、うん、お爺さんありがとう」
私たちは出掛ける支度をした。私の準備は何もない。ただ、身なりを整えてお爺さんの支度をゆっくりと待っていた。お爺さんも直ぐに支度を整えて準備を終え、私たちは玄関から外へ出た。
「風が気持ちいい」
「南風が吹いておるな。天気も良いし、視界も良くて出発日和じゃな」
お爺さんの案内で昨夜とは違った道へと移動した。広い道だ。ずっと道が地平まで続いている。
「遠くまで道が続いているね」
「そうじゃぞ、この道は世界へ続く道なのじゃ」
「世界へ続く道?」
「そう、この今いる世界とお嬢さんが元いた世界へと続く道じゃ」
不思議な意味で良く私にはわからなかったけれど、お爺さんは真面目に説明していた。きっと本当のことなのだろう。お爺さんとゆっくりと歩き出す。風で草原が穏やかに波打つよう揺れている。まるで動きが何かの生き物みたいだ。
「ここじゃ」
お爺さんが広い道の真ん中で歩みを止めた。
「お爺さん、どうしたの? ここには何もないよ」
周囲を見渡すと草原と目の前にも来た道にもただ広い道しかない。何かがあるようには見えない。なんだろう。
「お嬢さん、目を閉じて開けてごらん」
「わかった」
深呼吸しながら、目の閉じて開けた。
「え?! ここは、一体どこ?」
景色が道じゃなくなっていた。ここは建物の中だ。大きな部屋の中央には何か金属でできた何かが停まっている。あれは何だろう。
「驚いたかのぅ、ここは駅じゃよ。世界と世界を繋ぐ駅。呼び方は世界によって様々じゃが、儂は駅と呼んでおる」
「世界と繋ぐ場所、あの部屋の真ん中に停まっているので私は元いた世界へ戻れるの?」
「そうじゃ、あれの汽車に乗っていけばきっとお嬢さんがいた世界へ戻れるのじゃ。ここにはお嬢さんしか乗車を許されておらんのでな。あの汽車が間違いなくな」
あれが汽車というものなのか。見たこともない乗り物だ。乗り物から煙りが昇っている。
「ほれ、儂が乗車口まで案内しよう」
お爺さんの手を握り、乗車口まで案内された。汽車は近くに行くとともて大きくて、重厚な金属の重みを見ただけで感じることが出来た。
「お爺さん、この汽車というものって、とっても大きいのね」
「そうじゃな。見るのは初めてだったかのぅ?」
「ええ、私にはお爺さんと過ごしたどの時間や事も全てが初めてのことだったよ」
「楽しかったかい?」
「ええ、楽しかったわ」
「それは良かった。さて、汽車がお嬢さんを呼んでおる。儂はここまでじゃ」
「お爺さん、また会えるかな」
「会えるさ、きっと会える。お嬢さん、お元気でな」
「お爺さん、本当にありがとう。また、必ず会いましょう」
「ああ、楽しみに待っておるよ」
私が汽車の乗車口へ入ると出入り口がゆっくりと閉まり、汽車が音を鳴らす。そして、動き出す。ガラス越しではもうお爺さんの声は聞こえないけれど、私は全力でお爺さんへ向かって手を振った。
「汽車が動いているわ。どこへ向かうのかしら。私の世界ってどんなところだったかな」
汽車の中は広くて、乗っている人は私だけみたいだ。窓側の席に座り、窓の外を眺める。草原や山々が見える。知らない景色が風のように流れていく。私はどこへ向かうのだろう。
◇
どこか遠くから声が聞こえる。何かに包まれている。これは液体? なんだろう。身体が思い通りに動かない。だけど、不快に感じることはない。不思議だ。
「……」
「なんだ? 何かが見える。なんだろう。声? 光?」
「ッ……!!」
「何を言っているの? 聞こえないよ」
私は液体の中にいるようだ。水面だろうか、上から眩い光で照らされて液体の中が透き通るほど見通しがよかった。泳いで水面へと上がる。声が次第に大きくなってきた。
「ッぷハッ!」
呼吸が荒い、ここはどこかだ。誰か居る?
「おい、ルナ、聞こえるか」
「うーん、イフ?」
「おぉ〜、マジッで! 心配したぜ!」
「私は一体。イフ、私はどのくらい眠っていたの?」
「2年と4ヶ月だぜ」
「そんなに!?」
「ああ、にょにょとの戦闘後に、ルナが謎の機能不全に陥ってな。俺が復旧していたのさ。原因は恐らく愛国者を吸収した影響が響いたと確定している。ルナの中で吸収された愛国者が完全に適応し融合するまでに必要な時間だったというわけだぜ」
「そしたら、早くここの遺跡から出発しなきゃ」
「安心しな。ここはルナの記憶にある遺跡じゃないぜ」
「え?」
周囲を見渡すと知らない景色が広がっていた。ここは都市だろうか。多くの人たちが生活しているのが見えた。
「イフ、ここは一体どこ?」
「簡単に言うとルナを運んで、にょにょと龍帝の旦那の指示で次の階層に来たというわけだぜ。この都市は王都セズというところだぜ」
「人がこんなにいるなんて凄いね」
「ああ、俺も驚いているぜ。都市間でネットワークがあるしく、他にも多くの国や都市があるようだぜ」
でも、おかしい。愛国者が干渉するはずでは?
「何故、この都市は無事なんだ?」
「その理由は、ここの都市の偉い人曰く、大昔に世界が融合した際に生まれた国だからだということらしい?」
「つまり、愛国者たちがかつて他の世界をこの基底世界と融合させた結果、攻めて来ないというのが理由?」
「正直、俺には真意はさっぱりだぜ。だが、この都市ではそういう伝承が残っているのだそう。だから、一度も外敵から襲われたことはなく、独自の文明と発展を繰り返していたようだぜ」
「そうなのか。そういう場所もあるのか」
「ああ、それよりもルナは本当に大丈夫か?」
イフが心配そうに話しかけてくる。
「うん、イフから見て私の身体をスキャンした通り、私はもう大丈夫。この力とも上手く馴染んできたと思うよ。それと何だか夢を見ていたような気がする」
「夢?」
「うん、よく覚えていないけれど、優しい夢」
「完全人が夢を見るなんて聞いたことがないぜ。バグって線はないか? いや、そしたら俺にも影響があるはず。夢を見ているような波長や信号は見られなかったけどな」
「不思議だね、でも、夢の中で出会った何か人だったのか何かはわからないけれど、優しくされて私はこうしてここにいる気がするんだ」
「そうか、愛国者を吸収した影響という線がやはり濃厚だな。今後も似たような症状がある前には対応策を練っておくぜ」
「ありがとう、イフ。そういえば、龍帝やにょにょは?」
「ああ、今、都市の中を散策しているよ」
「え?! にょにょはサイズ的にどうにかなるとして、龍帝のあの巨体だと都市が破壊されるんじゃ」
「大丈夫。龍帝は変身出来るんだ」
「変身ってことは身体の形状を変えられるってこと?」
「そういうことだぜ」
「そういうことが出来るだなんて知らなかった」
「まぁ、ルナの記憶がある範囲では人がいるような場所と遭遇することもなかったというのも大きいと思うぜ」
確かに、あの龍帝ならば魔法の力でなんとでもなるのか。本当に凄いな。
「今後の動きはどういう計画になっているの?」
「そうだな、ルナが目覚めたら次の都市向かうつもりだぜ。ここで万が一にも愛国者と戦闘になった場合の被害規模が甚大じゃないしな。こうしている間も俺たちを狙っているかもしれないという可能性も常意識しながら行動しているんだぜ」
「私が長く寝ていたせいで迷惑をかけたね」
「ルナ、気を病む必要は無いぜ。龍帝の旦那もにょにょの姐さんも不可抗力と判断しているし、俺もそうだぜ」
「私が寝ている間に戦闘は起きなかったの?」
「何度か天使が攻めて来たぜ。にょにょの姐さんとの戦闘の余波を感じたからだろうな。偵察として天使を複数体寄越してきた。ルナ、安心して、旦那と姐さんが撃退したから」
「天使のレベルは?」
「3相当」
「凄い、二人は本当に凄いね」
「ああ、凄いぜ。天使を楽々と撃退して、その後にも何度か攻めてきたが全て撃退している。ただ、不可解なこともある」
「イフ、どうしたの?」
「天使の種類が変化いや、あれは進化というべきなのか。俺らが知っているようなかつての天使とは違う種類が攻めてきたんだ。識別パターンはレベル3相当を示しているが、その力は以前のレベル3以上のものだった。俺たちも成長しているように愛国者側も進化しているとみて間違い無いと俺は睨んでいるぜ」
天使が進化? そんなことはこの数十世紀無かった出来事だ。ライブラリに確認してもイフと同様の反応だ。私のこれまでの歴戦データとも照合しても、天使が進化したというものは存在しなかった。ということは、私が寝ている間に何かが起きたということだ。何が起きたんだ?
「イフ、この都市の人たちの人種は?」
「広い意味での人間だな。ただ、この世界に適応したせいか、普通の人間よりかは長寿になっているという進化した形跡が見られる。俺たちがいる基底世界だと普通の人間生き残るのは至難だしな。よく、ここまで都市を発展させたものだぜ」
イフの言う通りだ。都市を見下ろして街並みを見渡す。煌々と生活が営まれている力強い意思とたくましさがその生活音や人々の声、光から感じることが出来た。




