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デッドデッドデウス・エクス・マキナ・インダストリー  作者: 竜蔵寺 佑


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第17話 導き手

 どこまでの青い空、白い雲、高い建物がない。汚染されていない澄んだ空気、草木が青々と木々が広がっている。


「ここは? イフ?」


 イフと通信が取れない。私は一体。


 周囲を見渡しても、ただライブラリの記憶に保存されているデータでしか見たことがない。


「それでも、これは現実だ。私の感覚がそう強く語りかけてくる。間違い無い、ここは現実だ。でも、ここはどこだろう。確か、私は誰かと戦っていたような」


 上手く思い出すことができない。網膜にも何も表示されない。私自身が故障したのだろうか。というか、各種センサーが発動していない。


「ここはどこなんだろう。イフ」


 周囲を探索してみる。私には現在、武器は持っていない。ライブラリにアクセス時しか武器を出すことができないからだ。そのライブラリにアクセスすらもできない。


「こうして振り返ると、不便ね。風が気持ちいいわ。汚染されていない空気って初めてかもしれない」


 呼吸を大きくしてみる。いつ以来だろうか、呼吸という機能を意識して使ったことは。いつ以来だろうか、今、この瞬間を感じているのは。センサーでも検知や感知でもない。自分の生きた感覚が五感を通して脳へ伝わってくる。それは至福のような幸せだと私は思った。


「あれは? 小屋? 家らしいけど、この辺りに誰か住んでいるのかしら?」


 白い小さな家を見つけたので、警戒しつつもゆっくりと近づいて玄関前に到着した。私の感覚では家の中に誰かがいる気配を少し感じる。敵意とかは感じ無い。ノックを数回してドアにしてみる。


「どちらさんかね」


 玄関ドア越しに老人だろうか、男性の声がした。


「あの、私、迷子になったみたいで」


「そうかい。少し待っていなさい」


 ガチャリと玄関ドアが開いたら、想像通り男性の老人が出てきた。


「お嬢さん、もし良かったら中で話を聞いてもいいかな?」


「ええ、もちろん」


 どこか安心する気持ちが私の中で広がった気がする。


「ここの椅子に座るといい」


 お爺さんが差し出した椅子へ腰掛けた。目の前にはテーブルがあり、食べ物と飲み物が並べられていた。


「紅茶とお菓子だよ。良かったらお食べ」


「紅茶とお菓子?」


「安心しなさい。美味しいものだよ」


 私は慣れない手付きでカップを手に取り紅茶を飲んだ。


 良い香りのする温かい美味しい液体というのが私の感想だ。そして、お菓子と呼ばれるものを手に取り口へと運び咀嚼する。サクサクとして甘い味が口の中で広がり、今まで生きてきた中で一番の感動だったかも知れない。


「お嬢さんの口に合って良かった。たくさんあるから沢山お食べ」


 お爺さんは優しい笑顔を向けて、私の食べる様子を見ていた。観察ではないし、注意しているわけでもない。ただ、眺めている感じのようだ。


「あの、お爺さんはここには、お一人でお住まいなのですか?」


「そうだよ。若い頃からずっとここに住んでいるんだ」


「どのくらい?」


「さてね、忘れるぐらいじゃよ。儂も歳でね。最近は農作業も一苦労じゃよ」


「何を育てておられるのでしょうか?」


「そうだね、トマトやキュウリ、ナスとかを最近は育てているかね」


 ライブラリにアクセスできないから、お爺さんが何を育てているのかは正直さっぱりだ。でも、きっと食べ物なんだろうと、不思議と私はそう直感した。


「お嬢さんはどうしてここに迷い込んだのかい?」


「わかりません。気付いたらここにいたんです」


「ほぅ、興味深いね。ここに来るまでのことは覚えているかい?」


「いいえ、何も。ただ、友人と連絡が取れなくなってしまってわからないことばかりで少し不安です」


「大丈夫さ。きっと友人と連絡は取れるから安心しなさい」


 お爺さんの表情からは安心感と優しさが溢れていた。私の心の中で広がっていた黒いもやがだんだんと晴れていくような、私の中を気持ちの良い風が吹き抜けるように黒いもやを取り除いてくれた。


「ありがとう、お爺さん」


「いいや、いいんじゃよ」


「あの、私」


 あれ? 私の名前って何だっけ? 思い出せない。イフっていうのは幼なじみのような兄弟のような感覚がある。それ以外のことは私自身のことも含めてまるで思い出せない。これは何だろう。


「おや、お嬢さん少し混乱しているようだね。落ち着くまでここにいると良い」


「いいえ、駄目なの」


「どうしてなんだい?」


「わからない。でも、でも、早く私がいた場所に戻らないといけない気がするの」

「そうかい。それは急ぐ必要があるね」


 お爺さんはゆっくりとした口調で穏やかに語りかけくるように。


「あの、この場所から私がいたと思う場所へ戻りたいんです。どうしたら、もどれますか?」


 お爺さんは、ほんの少しだけ考えるように間を置いて話始めた。


「明日の朝、出口まで案内しよう」


「私は帰れるの?」


「ああ、帰れるとも。安心しなさい。ここはお嬢さんが落ち着くまでの間は儂が面倒見よう」


「ありがとう」


 気付いたら私の目には出るはずもない。温かい液体が零れていた。これは何だろう。


「ありゃありゃ、お嬢さんを泣かせてしまったかい。これを使いなさい」


 布生地で出来たものを手渡してきた。これは一体。


「目の涙を拭くに使うといい」


「これを目に?」


 私は布生地で目の涙を拭き取った。涙ってなんだろう。感情が高ぶると溢れてくるこの温かい液体が涙って言うのか。知らないことばかりで少し今の私が怖くなった。知らない私、知らない場所、優しくしてくれるお爺さん。お爺さんは良い人だと私の直感が囁く。根拠は無い。ただ、お爺さんの仕草や視線、言葉や行動の全てから良い人だと私の中の私がそう囁くのだから。


「お爺さん、ありがとう」


「いいんじゃよ。さて、陽が落ちてきたのぅ。夕飯の支度をするからそのままお菓子とお茶を飲んでなさい。今日はお客さんが来たから腕を振るうわい」


「ありがとう、お爺さん」


 本当は、私も手伝いをしたかったが、夕飯という言葉を知らない。陽が落ちて来たという表現も知らない。窓を見ると確かに明るさの光量が減っているのはわかる。窓の外が次第に暗くなり、空には光の点が満天に広がっていた。


「お爺さん、あの天井に見える光の点は何?」


「あれはね、世界の形の1つじゃよ」


「あれ全部が違う世界なの?」


「そうじゃよ。あの光も、あの光も全てじゃ」


 お爺さんが、夕飯の支度の合間で私に優しく丁寧に教えてくれた。あの光全てが別々の世界だなんて、とても不思議な気持ちになった。


「ほら、夕飯の用意が出来たぞ。今日は牛肉のシチューじゃ。パンもシチューも沢山あるから沢山お食べ」


「これが夕飯……これが、食べ物」


 牛肉という言葉も、シチューという言葉も、パンも知らない。ただ、食卓には良い香りと自然と食欲が湧いてくる絶対に美味しいと私の胃袋がそう音を鳴らす。


「ほら、お嬢さんのお腹も空いたと鳴いておる。ほら、お食べ」


 お爺さんの食べ方を見よう見まねで、スプーンと呼ばれる器具で口には込む。口の中で何かが弾けた。明るい内に食べたお菓子とも紅茶とも異なる複雑で濃厚で味と濃い旨みが、私の口の中でブワッと広がった。


「美味しい! お爺さん、これとっても美味しいわ!」


「それは嬉しいね。まだまだあるから沢山お食べ」


 私は無我夢中で食べた。牛肉とはこれのことだろうか。堅くも柔らかい味が染みこんで、その肉自体からも濃い味が出ているような印象を受けた。牛肉って何なんだろう。面白い食感をしたのもあった。シチューの中にゴロゴロと固まりになっているものだ。


「それは儂が育てたジャガイモやニンジンじゃ。タマネギの甘みが炒める時により甘くなりシチューの美味しさを引き立たせているんじゃぞ」


「これが、お爺さんが育てた作物、これが夕飯か」


「どうかのぅ、儂が育てた野菜たちはお嬢さんの口に合ったかのぅ」


「ええ、もちろんです! とっても美味しいです」


「それは良かった」


 お爺さんがシチューにパンを付けて食べると美味しいとか、この飲み物は牛乳だとか、食卓に並ぶ食べ物を丁寧に教えてくれた。窓の外は完全に天井に輝く光たちだけになっていた。うっすら、遠くに影が見えるが、それは山と呼ぶ大地が飛び出したものということを教えてくれた。夕飯を終え、私が手伝える範囲で食器と呼ばれる器を片付けるのを手伝い終えて、テーブルに座った。


「少しは落ち着いたかね」


「お爺さん、ありがとうございます」


 もう、ここの来た時の漠然とした不安とかは少しも感じ無かった。お腹が満たされたというのもあるけれど、一番はお爺さんの優しさの影響が大きいと私は思った。


「お爺さん、ここの近くには他に住んでいる人たちはいないのですか?」


「いるさ、どこかにはね。儂は人里離れたここが好きでね。一人で過ごすのが好きなんじゃよ」


「私のような迷子も来ますか?」


「ああ、希にね。大昔にも若い娘が来たよ。その子はお嬢さんより幼くてね。ひとりぼっちでいたのをたまたま見つけて帰っていったよ」


「その子も私と同じ世界から来たのかな?」


「そうじゃな。それは儂にもわからん。じゃが、世界は広大に広がっており、世界は見えない絆や道で繋がっておるものじゃ。お嬢さんがここに迷い込んだのも何かの導きかも知れぬな」


「私は私自身のことも覚えていないんです」


「焦らんでよいのじゃ。明日の陽が昇ればきっと全てが元通りじゃ」


「この世界のこと教えてください」


「よいぞ。ここは世界が行き交う世界じゃ」


「世界が行き交う世界?」


「そう、儂が若い頃は多くの人たちを送り出したものじゃ」


「どこへ送り出すの?」


「それぞれの世界にじゃ。皆行き先は違えど道は決まっておる。各々が願った道の世界へと皆向かっていくんじゃ」


「私には、難しくてよく分かりません」


「いいんじゃよ。普通はそれが自然なもんじゃ。むしろ、簡単に理解する方が難しいんじゃ。じゃがの、この世界はお嬢さんにとってもきっと導きによるものじゃ」


 お爺さんの話は不思議な印象を受けた。現実味もあるし、理解し難い部分もあった。だけど、導かれているという感覚はお爺さんの言う通り、私が私であるための道へそれは繋がっているものだと理屈ではなく感覚で理解した。

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