計算
「シーラ、先生が呼んでいますわよ」
授業が終わり、帰り支度をしていたシーラだったが、いきなり声をかけられ振り向いた。
見覚えのない女生徒だ。普通ならば、こんな人が学園にいただろうか? という疑問が浮かぶ。
だが、シーラは人を疑うことを知らぬ少女である。
「まあ、わざわざありがとう。それで、先生はどこにいますの?」
「校舎裏の方にいますわ。人前では言えない話だとか」
「人前では言えない話……はて、なんでしょうか?」
教師に呼び出される覚えのないシーラは、思わず疑問を口にした。だが、女生徒は彼女を煽っていく。
「さあ、私はただ呼んできてとしか……成績のことかもしれないわよ。とにかく、先生をお待たせするのは失礼というもの。早く行ってあげて」
「それもそうね。では行ってくるわ。申し訳ないけど、下の階で私を待っているアベルさまに言伝を頼んでいいかしら。遅くなるから、今日は一緒に帰れませんと」
「わかったわ」
そんなやり取りをするシーラのことを、物陰からじっと見つめている者がいた。シーラが動くと同時に、合わせて動いていく。
両者は、校舎裏へと歩いていった。
その頃、アベルは下の階で首を傾げていた。
「シーラさん遅いなあ、どうしたんだろう」
「兄ちゃん、僕が探してくるよ」
そう言って、階段を駆け上がっていったのはケインだ。彼は、何かが起きたことを察したのである。
階段を上がると、その場にいた生徒に声をかける。
「あの、シーラさん見なかった?」
「シーラさん? なんか、校舎裏の方に行ったみたいだよ」
ひとりの男子生徒が答えた。ケインは、ペコリと頭を下げる。
「校舎裏だね! ありがとう!」
そう言って、すぐさま校舎裏に向かった。そんなケインの後ろ姿を見ながら、男子生徒が呟く。
「妙だな。あの出がらしケインが動くとは……あいつがマスクド・スーパー・ソロなわけはないし、ただの偶然か」
一方、ケインは恐ろしい勢いで校舎裏へと走っていく。
だが、そこで見たのは恐ろしい光景であった。
◆◆◆
その少し前、シーラが校舎裏に到着した時だった。
突然、数人の男たちが現れたのだ。
「あ、あなた方は何者ですか!?」
怯えた声で叫ぶシーラを、男たちはいやらしい表情を浮かべ嘲笑う。
「俺たちゃ、ここらへんを仕切ってる悪いお兄さんだよ。今日は、お嬢ちゃんを可愛がってくれと頼まれちまってね」
ひとりの男が、そんなことを言いながら近づいていく。だが、そこで声が響き渡った。
「待ちなさい!」
女の声だ。男たちは一斉に、声のした方向に視線を移す。
そこに立っていたのはイライザであった。彼女は、シーラに嫌がらせ(実質は子供のイタズラ)をするため、じっと後をつけていたのである。
そんなイライザは、男たちに言い放つ。
「そこの娘は、わたくしの獲物。お前たちのような下劣なゴミクズ共には、指一本触れさせないわ」
すると、男たちの表情が変わる。
「何だと?」
「ナメたことを……」
「おい、こいつを先にやっちまおうぜ」
「ああ。デカいが、なかなかいい女じゃねえか」
口々に言いながら、男たちはイライザへと近づいていく。だが、イライザは怯まない。両拳を顔の前に挙げ構えたのだ。
「我がグレイス家に代々伝わりし格闘術・牙突猛進撃滅拳……あなたたちに、たっぷりと披露してあげるわ。さあ、臆さぬならば、かかってきなさい!」
「何言ってやがんだ!」
怒鳴ると同時に、ひとりの男がつかみかかる。ひときわ体が大きく、体つきも逞しい。おそらく、この中でも腕っぷしは一番強いのだろう。
だが、男の動きよりイライザの拳の方が遥かに速い。まず、左の拳が顔面に炸裂した。すると、男の鼻が砕ける。
続いて、イライザの右拳が放たれた。体重を乗せ、腰の回転を利かせたパンチだ。当たると同時に男の顎の骨を砕き、その上に脳震盪のおまけまで付けた。
その衝撃に耐えきれず、男はバタリと倒れる。たった二発のパンチで、大の男を倒してしまったのだ。
「さあ、どうするのかしら!? まだやる気!? わたくし、弱い者を殴る趣味はないけど、やるというならとことんまでやりますわよ!」
叫ぶと同時に、再び両拳を構えるイライザ。その迫力に、男たちもタジタジとなっている。
やがて、男たちは勝ち目がないことを理解したらしい。仲間を起き上がらせ、すごすごと立ち去っていった。
すると、待っていたかのようにシーラが抱きついてくる──
「イライザさま! 私怖かった! 凄く怖かった!」
「し、知らないわよ! わたくし、あなたを助けるためにやったんじゃないのよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶと、イライザはシーラを力任せに突き放す。そして、お嬢さまにあるまじき大股で去って行った。
「クソ、イライザさんも何やってんだよ。あいつらを吐かせて、誰に頼まれたか聞きたかったのに……」
隠れて見ていたケインは、密かに毒づいた。できることなら、シーラを逃した後で自分が全員を叩きのめし、そして黒幕を吐かせてやりたかった。
その時、そっと近づいてきたのは一匹の猫だ。
「全く、お嬢ときたら困ったものだニャ。あのシーラにつきまとって、アホなイタズラばっかりして……同行する俺の身にもなってほしいニャ」
「でも、そのお陰で……あ、そうだ!」
突然、ケインは両手をポンと打ち合わせる。
「なあ猫耳小僧、頼みがあるんだ。引き受けてくれたら、マタタビシガー二十本買ってやる」
「本当かニャ? 俺にできることなら、やってやるニャよ」
◆◆◆
その夜、イライザは屋敷の自室にて、トレーニングウェアに着替え巻藁を突いていた。
「セイ! セイ!」
お嬢さまらしからぬ鋭い気合いの声と共に、巻藁に突きを放っていく。僧帽筋から三角筋、さらに上腕三頭筋へと連なる筋肉のラインは見事としか言いようがない。だが、この筋肉のせいで大抵の男は逃げてしまうのだ。
そんなイライザに、猫耳小僧がそっと近づいていく。
「お嬢、ひとつ提案があるニャ」
「何よ? 今月分のマタタビシガーは買ってあげたでしょ? 吸いすぎは駄目よ」
「そうじゃないニャ。いっそ、シーラと友達になったらどうかニャ?」
「はあ!? あなた、ついに頭がおかしくなったの!? シーラは敵よ! 不倶戴天の敵よ! 友達になるなど不可能ですわ!」
「違うニャ。正確には、友達のふりをするだけだニャ」
「友達のふり?」
「そうだニャ。シーラと友達になっておけば、アベルの情報が入るニャ。それに、アベルからの評価も爆上がりニャ。そうなれば、いつしかお嬢に心惹かれる……という展開も、あるかもしれないニャ」
「それはそうだけど、でも……」
イライザは顔をしかめる。シーラと友達のふり……それは、とんでもない苦行だ。あの天然女と友達になるのは、逆立ちしての腕立て伏せ百回よりキツイかもしれない。
「うーむ、どうしたものか……」
考えていたイライザだったが、突然あるイメージ映像が浮かぶ。
親友だと信じていたイライザに、裏切られた挙句に恋人のアベルを略奪される……これ以上の屈辱があるだろうか。
友達のふりをしていれば、それをシーラに味わわせてやれるのだ。
イライザの妄想は、さらに広がっていく。泣き叫ぶシーラ。高笑いするイライザ。そして、なぜか横にて奇行種のケインが恭しい態度で床に片膝を着いている……。
「あんたは出てこなくていい!」
思わず怒鳴ってしまった。猫耳小僧はビクリと反応し、恐る恐るイライザの顔を見上げる。
「ど、どうしたニャ?」
「なんでもないわ。フフフ、そうね。あなたの言う通り、わたくしはシーラと友達のふりをしてあげるわ。そして、この上なく手ひどい裏切りで、あの子が涙枯れるまで泣くさまを特等席で見てあげるわ……ああ、わたくし本当に悪女だわ。自分の悪女っぷりが怖い」
そんなイライザを、猫耳小僧は目を細めて見ていた。
「何が悪女だニャ。アホ女っぷりに頭が痛くなってくるニャ。まあ、これでケインの計算通りに事は運んでるニャよ」




