教育係
「あ、あの……あなた誰ですか?」
ケインは、唖然とした表情で呟いた。
いつものように、寝癖だらけの頭で寝室を出たケイン。脱力しきった表情で、あくびをしつつ屋敷内を歩いていった。
ところが食卓には、見慣れない男が立っているのだ。
身長は、ケインやアベルよりも高い。東方の血が混じっていると思われる顔立ちだ。肩幅は広く胸板は分厚く、筋肉質のゴツい体である。
一応、紺色の上着と白いシャツを着ている。服装だけ見ると執事のようだが、ゴリラのような体格と全く合っていない。ケインを見下ろす目には、恐ろしいまでの情熱が感じられる。
うわ、たぶん面倒くさい奴だ……と思うケインだったが、父は構わず語り続ける。
「紹介しよう。彼はセバスチャン・タキザワだ。ケイン、お前の教育係として雇った。さあケイン、挨拶しろ」
父の言葉に、ケインは顔をしかめる。
「なぜですか? 僕に教育係など必要ありません」
途端に、父の目が吊り上がった。
「貴様、私が知らないとでも思っているのか? ウルテミス学園において、お前の不始末の記録は群を抜いているそうだな。私が教師たちに、何度頭を下げたと思っているのだ!」
確かに、その通りであった。最近は、闇の生徒会の情報を集めるため、勉強そっちのけであちこち動いている。
そのせいで、授業中の居眠りで何度も注意された。さらに、休み時間中に校内を探っていたため授業に出られなかったこともある。
「は、はあ……申し訳ありません」
「お前は、口で何度言っても聞く耳もたぬ。そこでだ、このセバスチャンにお前を鍛え直してもらうことにしたのだ。さあ、セバスチャンに挨拶しろ」
ケインは、仕方なく頭を下げる。
「あ、どうも。ケインです。この家の次男をやってます。まあ、とりあえずは適当にいきましょう」
すると、セバスチャンの表情が険しくなった。
「なんですか、その挨拶は。それでも男ですか!? それでも軍人ですか!?」
えっ、男はともかく軍人って何だよ……とドン引きしているケインに、セバスチャンは恐ろしい勢いで語り出す。
「坊っちゃん、あなたは御自分が召使いたちに、陰で何と言われているか知っていますか?」
もちろんケインは知っている。奇行種だの出がらしだのと言われていることは、百も承知だ。しかし、それを知らないふりをするのが世間知というものである。
ひょっとして、こいつは致命的に空気が読めない奴なのか……などと思いつつも、ケインはヘラヘラ笑いながら答える。
「えっ、全然知りません」
「知らないなら、私が教えてあげます。あなたはここにいる召使いたちから、こう呼ばれています……奇行種、と!」
途端に、場の空気が変わった。召使いたちは、こいつ何を言ってるんだよ!? とでも言いたげな表情でセバスチャンを睨む。
しかし、セバスチャンは怯まない。彼の目は、ケインだけを捉えている。
「坊っちゃん! 私が来たからにはもう安心です! あなたを、奇行種などという不名誉な二つ名から必ず解放させてあげましょう!」
「いや、いいですから……あ、僕ちょっとお腹痛くなってきました。トイレ行ってきます」
そう言うと、ケインは慌ててトイレに駆け込んだ。この先、あんなのにつきまとわれてはたまらない。
さて、どうしたものか……。
何とかセバスチャンから逃れ、アベルと共に登校したケイン。途中でシーラと合流し、三人で学園に入っていく。ケインは油断なく周囲を見回していたが、イライザがシーラを「わ!」と叫んで驚かせた以外は何事もなかった。
そして昼休み、例によってケインと猫耳小僧はウルテミス学園の屋根の上にいた。
「またアホが増えたのかニャ。それで、お前は朝飯も食わずに学園に逃げてきたニャ?」
「そうなんだよ。まいったね。こっちは、闇の生徒会の動向に気を配らなきゃならんのにさ」
「しょうがない奴だニャ」
そんなことを言いながら、サンドイッチを食べている猫耳小僧。ケインの方は、黒パンの大きな塊をちぎって食べ、プロテインなるポーションを飲んでいる。
「それにしても、闇の生徒会の力には驚いたよ。まさか、ヨハネを転校させるとはね」
「ひょっとしたら、あの憲兵もその五アホ神の差し金だったのかもしれないニャ」
「だとしたら、恐ろしい連中だよ」
「けど、わからないニャ。その五アホ神は、何がしたいニャ? そんな権力を持ってるなら、お前の兄貴や頭お花畑な女のことなんか、ほっときゃいいニャよ」
「うーん、たぶん、かなり拗らせちゃった奴らなんだろうな。そういう秘密組織を作って、学園を影から操りたい年頃なんだよ。僕も、その気持ちはわからんでもない」
その言葉を聞いた猫耳小僧は、ハアーと溜息を吐いた。
「全く、この学園にはアホしかいないのかニャ」
「おいおい、僕はまともだ。アホじゃないよ」
そう答えたケインを、猫耳小僧は目を細めて見つめる。
「お前は一度、頭と体を医者に診てもらった方がいいニャ。もしかしたら、魔神の血が混じってるかもしれないニャよ」
「そんなの混じってるわけないだろ」
そんな会話をしつつも、ケインの視線は校庭にいるアベルとシーラに注がれていた。
今のところ、闇の生徒会はおとなしい。特に表立った動きもなく、噂も聞いていない。
このまま、レッドカードの件がフェードアウトしてくれれば……と思うケインであった。
午後の授業中も、ケインの目はふたりに注がれていた。今のところ、狙われている気配はない。イライザが変顔をしてシーラを笑わせ、ロッテンマイヤーに叱られイライザがガッツポーズをした以外は、特に問題なく過ぎていった。
しかし、闇の生徒会は諦めていなかったのだ。
◆◆◆
その頃、五悪神はとある場所に集合していた。
「全く、だらしないわねえヨハネは。あっさりとやられちゃったじゃないのよ」
「そう言うなエリス。奴は、しょせん闇の生徒会でも最弱……さして期待はしていなかった」
「そんなことを言っていていいのか、アーリマンよ。聞いた話によれば、ヨハネとサムを叩きのめしたのは、マスクド・スーパー・ソロなる怪人だったと聞く。ヨハネはともかく、サムはかなりの使い手だったはずだ。そのサムを倒すとは、油断できんぞ」
「セト、お前は怖いのかよ?」
「何だとロキ、俺を侮辱するのか? 喧嘩を売ってるのか?」
「いいや、そんなつもりはねえよ。けどよ、俺ら闇の生徒会に逆らう奴が出てきた……面白くなってきたじゃねえか。俺ぁワクワクすっぜ」
「まったく、ロキ兄はしょうがないなぁ。でも、そいつはほっといたら面倒だね。次は僕の配下に行かせようか?」
「ヘカテー、お前はそのマスクド・スーパー・ソロとやらに心当たりがあるのか?」
「ううん、全然ない。けどさ、そのマスクド何とかはアベルとシーラにレッドカードが出された途端に動いたんだよ。てことは、あのふたりを痛めつければ、向こうから勝手に仕掛けて来るんじゃない?」
「なるほどな。それは面白い」
「そうそう、そのノリでいかなきゃ。セト、お前はちょっと力が入りすぎ」
「ロキ、お前は力を抜き過ぎだ」
「でさあ、結局どうすんの? ヘカテーに任せるって感じ?」
「ヘカテー、誰にやらせるのだ?」
「僕のところにいるシモンにやらせてみるよ。なんたって、あいつの用心棒は拳闘術のマシアスだからね。マシアスは、サムより手強いと思うよ」
「そうか……では、シモンに言っておけ。ヨハネのような甘いことはするな、と」
「大丈夫。シモンはガチの極悪人だから。貴族じゃなかったら、確実に闇ギルドの住人だっただろうね」




