マスクド・スーパー・ソロ
ライン・サウロン公爵の三男であるヨハネ・サウロンの周囲には、常に数人の取り巻きがいた。全員、裏の世界に出入りしているような輩である。彼らは、お坊っちゃんであるヨハネをおだてあげれば、美味い汁を吸えることをよく理解している。
今夜もヨハネは、そんな連中と共に路地裏のよからぬ店にいた。狭い部屋の中に皆で集まり、カードゲームで遊んでいる。そのメンバーの中には、地下道のサムもいた。
ここは、堅気の人間がおいそれと出入りできる場所ではない。そのため、彼らはのんびりとカード賭博に興じていた。
だが、和気あいあいとした空気は突然に終了する。
ドアが開いたかと思うと、入ってきたのは黒いアイマスクをつけた若者だ。黒いバンダナを頭に巻き、黒の上下に身を包んでいる。
その横にいるのは、幼い少年だ。こちらも、黒いバンダナと黒の上下という出で立ちである。どう見ても、ここの客ではない。
この怪しげな来客に、すぐさま反応したのはサムだ。彼は立ち上がると、ナイフを手に叫んだ。
「てめえ、どこの何者だ!」
すると、若者は答える。
「僕の名は……マスクド・スーパー・ソロだ」
この若者がケインであることは、もはや説明の必要もないだろう。横にいるのは猫耳小僧であり、彼は頭を抱えていた。
「マスクド・スーパー・ソロって何だニャ……お前も、五アホ神と同レベルニャよ」
小声で呟いたが、マスクド・スーパー・ソロことケインはお構いなしだ。まず、ヨハネを指さす。
「あなたは、ヨハネ・サウロンさんですね。名門であるサウロン家の三男さんです」
次に、ケインはサムを指さした。
「そして、あなたは地下道のサム。地下道で生まれ、ネズミやコウモリをナイフ投げで仕留めて食べていた。その腕を買われ、闇ギルドの殺し屋になり……そして今は、ヨハネさんの用心棒。間違っていますか?」
すると、サムはヒューと口笛を吹いた。
「その通りだ。俺を知っているとは、褒めてやるぜ」
「ええ、あなたは有名です。地下道のサムと言えば、ナイフ投げの腕は闇ギルドでも一番と言われていますね」
そこで、ケインの視線は天井に向けられた。
「ただし、世の中は広い。上には、上がいます」
「何だと!? どういうことだ!? ナイフ投げで、俺より腕が上の奴がいるというのか!?」
血相を変えて聞いてきたサムに、ケインはクスリと笑った。
「ええ、いますよ。ここにね」
そう言うと、ケインは自分の胸を指さしたのだ。途端に、サムの顔が真っ赤になる。無論、怒りのためだ。
「上等じゃねえか……だったら、お前にこれができるか!」
叫んだ直後、サムはテーブルの上のカードを無造作につかむ。
何をするかと思いきや、パッと宙に放り投げたのだ。
さらに、サムの手が動く──
その動きはあまりにも速く、常人では何をしたのかわからなかっただろう。
そして一秒も経たぬうちに、ドスッという音が響き渡る。それも五回連続だ。
「あれを見ろ」
サムが得意げに指さした先……そこには、カードがナイフで串刺しになっていた。それも五枚、壁に串刺しになっている。
そう、サムは瞬時に五本のナイフを投げ、五枚のカードに命中させたのだ。これは、間違いなく達人レベルの離れ技である。
「す、すげえ……」
ヨハネの取り巻きが呟いた。しかし、ケインは平然としている。
「ほう、見事なものですね。では、次は僕の番ですよ」
そう言うと、ケインは隣の猫耳小僧に視線を向ける。
「悪いけど、今みたいにカードを宙に投げてよ」
「えっ、なんで俺が?」
「頼むよ、やってくれ」
「全く、面倒くさい奴だニャ」
ブツブツ言いながらも、猫耳小僧は言われた通りカードの束を宙に放る。
と、ケインの腕が動いた。こちらも、抜く手が見えなかった──
「う、嘘だろ……」
言ったのは、他ならぬ地下道のサムだ。
壁には、五枚のカードが串刺しになっている。ただし、刺さっているナイフは一本だけだ。ケインは、たった一本のナイフを投げ、五枚のカードをまとめて串刺しにしてしまったのである……。
「さて、五本のナイフで五枚のカードを串刺しにしたサムさん。一本のナイフで、五枚のカードを串刺しにした僕。ナイフ投げの腕は、どっちが上ですかね?」
余裕たっぷりの表情で尋ねたケインだが、誰も答えない。いや、この沈黙こそが答えなのだ。
ケインの腕は、サムより上である……サム本人が、その事実をよくわかっていた。
すると、ケインはヨハネに目を向けた。
「で、ヨハネさん……あなたには、じっくり聞きたいことがあります。闇の生徒会について聞かせていただきましょうか。五悪神にはどうすれば会えるのか、教えてくださいよ」
そこで、ヨハネはハッとなった。闇の生徒会のことは、絶対に他言してはならない……これが掟なのだ。
すぐにサムを怒鳴りつける。
「お、お前! さっさとこいつを殺せ!」
「クソ! ナメんなよ! 殺しに関しちゃ、俺の方が上だ!」
喚いた直後、サムの手が懐へと伸びた。稲妻のような速さでナイフを放つ。大量のナイフが、次々とケインに襲いかかる。
だが、ケインは微動だにしない。口元に笑みを浮かべつつ、両方の手をひらひら動かした……ように見えた。
「そ、そんな……ありえねえよ」
呟くサム。そう、ケインの両方の指には、サムの投げたナイフが挟まれていたのだ。その数、合計八本。全てケインの指に挟まっている。
圧倒的な実力差を前に、さすがのサムも崩れ落ちた。しかし、ヨハネはまたわかっていないらしい。
「お、お前ら! こいつを何とかしろ! そしたら、金はいくらでも払う!」
そこまで言われれば黙っていられない。ヨハネの取り巻き三人は、ケインへと襲いかかった。
しかし、ケインは余裕の表情だ。すっと足を上げたかと思うと、鋭い蹴りを打つ。
瞬時に三発の蹴りが放たれ、三人の取り巻きはバタバタと倒れていった。まるで、魔法でも見せられているかのような芸当である。
「そ、そんな……嘘だ。僕が、こんな……」
あまりの事態に、しどろもどろになるヨハネ。ケインは、ゆっくりと顔を近づけていく。が、そこで猫耳小僧が彼の腕を引いた。
「マズいニャ、ケ……いや、マスクド・スーパー何とか! こっちに、大勢の憲兵が向かってるニャ!」
「何い?」
「本当だニャ! 足音が聞こえるニャ!」
ケインは顔をしかめた。猫耳小僧の耳は確かだ。憲兵が向かっているのは間違いないだろう。
ここで、都の憲兵と騒ぎを起こすわけにはいかない。だが、五悪神の情報を聞き出さねば、アベルとシーラの危機は去らないのだ。
迷うケインに、猫耳小僧が怒鳴る。
「何やってるニャ! さっさと逃げるニャ!」
言いながら、無理やり引っ張っていく猫耳小僧。ケインは無念の表情を浮かべながらも、部屋を後にする。
外には、憲兵たちが集まっていた。ランプを掲げ、出てきたケインに罵声を浴びせる。
だが、そんなものに構っている場合ではない。ケインは、素早く屋根によじ登る。そのまま、猫耳小僧と共に走っていった。
屋敷に戻ると、猫耳小僧の肩を叩く。
「教えてくれて助かったよ。僕ひとりだったら、確実に捕まっていた」
「いいってことニャ。にしても、あれは変だニャ。タイミングを計ったかのように、いきなり憲兵がやってきたニャ」
「ああ。こうなれば仕方ない。明日、学園に行った時にでも聞いてみるよ」
しかし、それは叶わなかった。
翌日、ヨハネは学園に来なかった。地方の寄宿制の学校に転校した……とのことであった。
これで、五悪神に繋がる線は消えてしまった。




