ケイン、ついに動く
「闇の生徒会? それは何だニャ?」
大木の後ろから、そっと尋ねたのは猫耳小僧だ。彼は今、サンドイッチを口に運びつつケインと話している。
「僕も詳しいことは知らないけど、このウルテミス学園を牛耳ってる連中らしいんだ。生徒はおろか、教師すら逆らえないんだよ。その闇の生徒会が、アベル兄さんとシーラさんにレッドカードを出した。これは、闇の生徒会を敵に回したという印なのさ」
答えたケインは、大木の反対側にいる。例によって、黒パンと魔法の水プロテインを飲んでいるが、その目はアベルとシーラを捉えている。
アベルとシーラは、ふたりきりでベンチに座り昼食を食べている。レッドカードが出ているというのに、ふたりは緊張感の欠片もない。
「だったら、お前が闇の生徒会に乗り込んで行ってボコボコにすれば終わりニャ」
「そうもいかないんだよ。闇の生徒会を仕切っているのは、五悪神と呼ばれている連中らしいんだけど、それが何者なのかわからないんだよ。リーダーはアーリマンと呼ばれてるそうだけど、こいつの素顔を見られるのは、闇の生徒会でも一部の人間らしいよ」
「何がアーリマンだニャ。大袈裟な名前つけて……どうせ、本名はトマスとかジャンとか、そんな名前だろうニャ。いっそ、五アホ神に名前を変えればいいニャよ」
猫耳小僧の容赦ない言葉に、ケインは思わず笑ってしまった。
「ハハハ、それもそうだ。でもね、こいつらは権力を持ってるアホなのが厄介なんだよ。だから、お前も力貸してくれよ。僕もふたりの行動全てを見るのは無理だからさ」
「嫌だニャ。なんで俺が、人間同士の揉め事に首突っ込まなきゃいけないニャ。俺は、お嬢のお守りだけで手いっぱいだニャ」
「そりゃそうだな。仕方ない、ひとりでやれるところまでやるよ」
やがて昼休みが終わり、アベルとシーラは並んで歩き出した。
ケインは、そこに乱入していく。ふたりの時間を邪魔したくはないが、ガードするには仕方ない。
「ねえ兄ちゃん! 知ってる!? 知ってる!?」
バカ丸出しの口調で話しかけると、アベルは驚いたさま子で振り向いた。
「おおケイン、珍しいな。どうしたんだ?」
そう言われるのも当然だ。普段は、アベルとシーラふたりきりの時間を邪魔するようなことはしなかった。しかし、今はそうも言っていられない。
「兄ちゃん、東の国にニンジャっていう戦士がいるの知ってる!?」
そんなことを言いながら、ケインはそっと周囲を見回した。と、背筋に冷たいものが走る。
木陰から、地下道のサムがじっとこちらを見ているのだ。
「あのねあのね、ニンジャってチョップで首を切り落とせるんだって!」
大袈裟な身振り手振りを交え語りつつ、ケインはさり気なくサムの動向を見る。だが、仕掛けてくる気配はない。今のところ、殺気も感じられない。ただ、こちらをじっと見つめているだけだ。
こうなると、早くナイフの届く範囲から遠ざけなくては……ケインは喋り続けながら、ふたりをグイグイ押していく。
「あとさ、ニンジャって裸で闘うと無茶苦茶強いんだって!」
「うーん、いくら強くても、それは恥ずかしいなあ」
アベルの至極もっともなツッコミを受けつつ、三人は離れていった。
一方、サムはそんな彼らの後ろ姿を見つつ、納得いかない表情で首を傾げる。
「妙だな。俺の投げたナイフを、あいつはカバンで防いでいた。恐ろしい凄腕なのかと思ったのだが……あのバカさかげんを見ると、とてもそうは思えない。ただの偶然か」
それから、午後の授業が始まった。
天然のシーラが些細なミスで教師に注意されるたび、イライザがガッツポーズを取っていたこと以外は、特にトラブルもなく終わった。
今日のところは、このくらいで終わりなのか……と思っていたケインだったが、ヨハネは懲りていなかった。帰り際に、またしても仕掛けてきたのだ。
授業が終わり、生徒たちは帰るため教室を出て階段を降りていく。
アベルは、一足先に下の階で待っていた。ケインもまた、彼の隣にいる。授業が終わったことで、すっかり油断し気を抜いていた。
そしてシーラは、アベルの姿を見て笑顔で階段を降りて行こうと駆け出す。その瞬間、音もなく近づいたのはヨハネだった。彼は後ろから、シーラを思い切り突き飛ばした──
階段から落ちて頭を打ち、命を失うケースは少なくない。シーラもまた、そのまま階段を落ちていれば命を失ってもおかしくはなかっただろう。
だが、彼女のすぐ前を歩いていたのはイライザであった。シーラに嫌がらせをするため、機会を窺っていたのである。
しかも、イライザは脳筋で武闘派でもあった。並の女生徒なら、巻き添えとなり転げ落ちていたであろう。しかし、イライザは反射的にガッチリと受け止めてしまったのである。
鍛えあげられたイライザの足腰は、落ちてきたシーラを抱きとめる。同時に、キッと上を睨みつけた。
「今のは何!? 誰がこんなことをしたの!? この子を倒すのは、わたくしの役目よ!」
吠えたが、既にヨハネは姿を消していた。その場にいるのは、シーラを抱きしめたまま訳のわからないことを叫んだイライザ。そして突然のことに固まっている生徒たちだ。
もっとも、イライザは普段から「ひとりでブツブツ言ったり地団駄踏んだり授業中にひとりでガッツポーズしてるヤバい女」という認定をされている。したがって生徒たちは、またあいつ変なことしてるよ……と思い、すぐに離れていった。
イライザはというと、チッと舌打ちする。普段の令嬢らしさは、完全に消え失せていた。
「許せないわ。美学のない悪こそ、もっとも許せないもの。こんな所業は、悪女の風上にもおけないものよ……」
そこまでしか言えなかった。感極まったのか、シーラが泣きながら抱きついてきたのだ。
「うわーん! イライザさん、私を助けてくれたのね! あなたは、やっぱり私の心の友よ!」
「は、はあぁぁ!? わたくしは……」
お前の敵、と言おうとしたイライザだが、そこで口を閉じてしまった。愛しのアベルが、感激した表情でイライザの肩をガッチリとつかんでいたからだ。
「イライザさん! 私の将来の花嫁を助けていただき、本当にありがとう! あなたは、私とシーラの心の友だ!」
密かに思いを寄せているアベルにこんなことを言われては、イライザとて無下にできない。引きつった笑顔で応じる。
「オ、オホホホホ! と、当然ですわ! わたくし、困っている人を見れば、助けずにはいられない性分ですの!」
そんな三者を見つめているケインの表情は歪んでいた。唇を噛みしめ、体は微かに震えている。
今のは、明らかに自分の油断が招いた事故だ。授業が終わったからといって、すっかり気を抜いていた。
もしイライザがあの場にいなければ、シーラは確実に重傷を負っていた。いや、死んだとしてもおかしくはない。
「何をやっているんだよ、僕は……」
低い声で毒づいた時だった。不意に、背中に飛びついてきたものがいる。
「ウチのお嬢も巻き込まれた以上、関係ないとは言ってられないニャ。手を貸してやるニャよ」
猫耳小僧である。猫の姿になり、耳元でそっと囁いたのだ。
ケインは、表情の消えた顔で答える。
「それは助かる。ここまでやられた以上、もう黙ってはいられないよ。こうなったら、ヨハネにはやられた分をきっちりと返してやる」
「お、ついにやる気になったのかニャ」
「ああ、やってやるよ。ついでに、ヨハネを痛めつけて五悪神の居場所を吐かせてやる」
その瞬間、ケインの目つきが変わった。




