レッドカード
その日、ウルテミス学園は朝からざわついていた。
「おい、ついにレッドカードが出たぞ」
「本当!?」
「しかも、標的はアベルとシーラだ」
「あのふたりも終わりだな」
校内掲示板の前で、大勢の生徒たちが集まりヒソヒソ話をしているのだ。学園にて急な予定などがあった場合、ここに書き出されることとなっていた。
その掲示板には、二本のナイフが刺さっていた。しかも、赤いカードを串刺しにした状態である。
カードには「アベル・アリティー」そして「シーラ・ハンム」と金色の文字で書かれていた。
この赤いカード……通称・レッドカードが何を意味するかは明白だ。ウルテミス学園を支配している『闇の生徒会』を敵に回してしまったことを意味する。
中には、レッドカードに名前を書かれたために退学にまで追い込まれた者もいるという。
当然ながら、今日もアベルとシーラは登校している。
だが、ふたりのそばには誰も近寄ろうとしない。そう、このウルテミス学園でレッドカードが出た者は恐ろしい目に遭わされる。近くにいれば、とばっちりを受けるかもしれないのだ。
しかし、あいにくアベルとシーラはその辺の事情に疎かった。
「まあ。アベルさま、こんなものがあったわ。どういう意味なのかしら?」
「うん、赤いカード……赤は情熱の色だ。ひょっとしたら、シーラさんを奪い合う恋のライバル出現かもしれんな。となると、私もうかうかしておれんな」
「もう、アベルさまったら」
そんなことを言い合うバカップルの後ろで、ケインは頭を抱えていた。
彼とて、闇の生徒会について詳しく知っているわけではない。しかし、危険な連中だとの噂は聞いている。レッドカードは、闇の生徒会からの宣戦布告であることも知っている。
これはマズいことになったぞ……などと思いつつ、ケインはふたりの後を付いて行こうとした。と、彼を追い越していった者がいる。イライザだ。
「フン、この出がらしが。邪魔よ、道を空けなさい」
イライザに凄まれ、ケインは仕方なく廊下の端に移動する。
一方のイライザは、猫を抱いて歩きながら、シーラを睨みつけている。
「あの小娘、わたくしのアベルさまとイチャイチャするとはいい度胸ね」
そんなことをブツブツ言いながら、ふたりの後を付いていく。ケインはどうしたものかと首を傾げたが、直後に殺気を感じ振り向いた。
数人の男子生徒が、彼ら四人についてきている。ひとりはヨハネという名だ。闇の生徒会の一員になった、と吹聴していたのを聞いた記憶がある。
ヨハネが、この集団のリーダー格らしい。中肉中背の体格で、傲慢な顔つきである。街のチンピラが、そのまま貴族になったような印象だ。大物を気取っているが、全くさまになっていない。
だが、ケインの直感レーダーは、ヨハネの隣にいる者こそが危険人物だと言っていた。身長は低いが目つきは鋭く、数々の修羅場を潜ってきたような雰囲気を漂わせている。一応は貴族の子弟らしき身なりをしてはいるが、体から醸し出される殺気は隠しきれていない。
何か仕掛けてくるとすれば、こいつだ。ケインは、バカそうな表情であちこち見回しながらも、この小男に意識を集中させていた。
と、ヨハネが小男に何やら囁く。小男は、そっと懐に手を入れた。
次の行動は、凡人の肉眼では捉えきれないくらい速いものだった。小男が、懐から何かを投げたのだ。
だがケインの目は、投げられたものをはっきり捉えていた。ナイフだ。恐ろしい速さで飛んでいき、アベルへと向かっていく。軌道から見て刺さりはしないが、脅しの役目を果たすには充分だ。
しかし、ナイフが放たれたと同時にケインも動いていた。
「兄ちゃん隙あり! 今日こそ倒してやる!」
そんなことを言いながら、カバンを持ち替えた。振り回す……ふりをしつつ、飛んできたナイフを瞬時にカバンの中に入れてしまったのだ。
ほぼ同時に、そのカバンを振り上げアベルに殴りかかる。だが、アベルはその動きを簡単に躱した。さらに足払いでケインを倒し、上から抑え込む。
「ハッハッハ、ケインは相変わらずお茶目だな。だが、まだまだ私には勝てんぞ」
笑顔で、そんなことを言ったのだ。飛んできたナイフには、全く気づいていない。
そしてケインも、抵抗するふりをしながら悔しがっている。
「くそう、くそう! また兄ちゃんに負けた!」
そんなふたりを、ニコニコ笑いながら見ているのはシーラだ。
「ふふふ、おふたりはとても仲がいいのね。それでは、私は先に行ってますよ」
そう言うと、シーラはひとりで廊下を歩いていく。
ケインはマズいと思った。このままでは、シーラがひとりになる。そこを狙われるかもしれない。ケインは体をくねらせ、偶然を装いアベルの抑え込みから逃れた。
だが、そこで思わぬ光景を目撃する──
シーラの周りを、数人の女生徒が取り囲んでいるのだ。日頃から、天然の彼女をよく思っていなかった者たちであろう。目つきや表情からして、友好的な態度ではない。
仕方ない。無理やりにでも引き離そう。ケインは、パッと間合いを詰めにいく……が、その足が止まった。
なんと、そこに乱入していった者がいる。イライザだ。彼女は拳を握りしめ、振り上げた。
次の瞬間、とんでもないことを口走る。
「あ、手が滑りました」
直後、彼女の拳が放たれた。スピードとキレのあるパンチだ。ケインですら、見ていて唸ってしまうくらい見事なものであった。
そのパンチは、どうやらシーラの顔を掠める……予定だったらしい。だが、ちょうどタイミングよく、ひとりの女生徒がシーラの襟首をつかみ因縁をつけようとしていたのだ。そのため、ヒットポイントがズレてしまった。
イライザの一撃必殺の拳は、今まさに罵詈雑言を浴びせようとしていた女生徒の顔面を掠める。寸止めのような感じであったが、風圧により女生徒の髪はフワッと浮き上がった。
直後、女生徒はへなへなと崩れ落ちる。シーラを取り囲んでいた者たちも、今のパンチにはさすがに危険を感じたらしい。シーラを囲む輪は崩れた。
イライザはというと、アチャー……とでも言いたげな表情を浮かべていた。何せ、脅す標的を間違えてしまったのだ。
しかし、イライザは強靭なメンタルの持ち主である。この程度で悔やんだり怯んだりはしない。
「あら、ごめんなさいね。手が滑ってしまいましたわ」
素知らぬ顔で言い放ち、イライザはそのまま去って行こうとした。
だが、そこで彼女の腕をつかんだ者がいる。シーラだ。
「ま、待ってください! あなた、私を助けてくれたのですね!」
「は、はあ!? 助けた!?」
イライザは、鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まってしまった。
実のところ、イライザもまたレッドカードのことなど知らない。また、シーラがどのような状況にいるかも見ていなかった。ただ、シーラに寸止めパンチを食らわして泣かす……それしか考えていなかったのだ。
それが、偶然にもシーラを助けてしまった……。
「本当にありがとうございます! あなたは、女神アテナのように勇猛果敢な方なのですね! 私、今日からあなたを心の友にすると決めました!」
「は、はあ!? 勝手に決めるんじゃないわよ! あなたは敵よ! わたくしの敵!」
そんなことを言いながら、イライザはシーラの手を力任せに振りほどく。そのまま、プンプン怒りながら去って行った。
呆然となったまま、彼女の去りゆく姿を見ているシーラだったが、そこでアベルが声をかける。
「シーラ、どうしたんだい?」
「あ、アベルさま! 今、怖い人たちが来て……でも、イライザさんが助けてくれました!」
「ほう、イライザさんはシーラさんの守護神のような人だね」
そんなバカップルの会話を聞きながら、ケインはホッと胸を撫で下ろしていた。
とはいえ、闇の生徒会の嫌がらせがこの程度で済むとは思えない。また、何か仕掛けてくるはずだ。ケインは表情を引き締め、周囲を見回した。




