動き出す者たち
「あいつ、どこ行ったんだ?」
周囲を見回し、ケインは首を傾げる。
今、ウルテミス学園は昼休みである。アベルもシーラも、ふたりきりで昼食を食べているのであろう。イライザは何をしているのか不明だが、さすがに昼食の時間まで嫌がらせはしないだろう。何せ、彼女は食いしん坊なのだ。体格がいいだけに、食べる量も多い。
となれば、昼休みの間は休んでいられる。こんな時には、あいつと時間を過ごしたい。
しかし、校舎はもちろん校庭にも見当たらない。となると、あの場所にいるのだろう。
ケインは、もう一度周りを見た。ここは、ウルテミス学園の校舎裏だ。用務員らがゴミ出しをしたり、業者が出入りする以外は無人である。生徒たちも教師も、必要がない限りは訪れない。つまり、普段は人目がないということだ。
次の瞬間、ケインは高く飛び上がった。ヤモリのように、壁にへばりついたのだ。
そこからの動きも、完全に人間離れしていた。窓枠などの僅かな出っ張りだけを頼りに、壁をすいすいとよじ登っていく。もし見ている者がいれば、妖魔が出たと騒ぎ立てていたことだろう。
もっとも、その光景を見た者はいなかった。一分も経たぬうちに、ケインはウルテミス学園の屋根の上によじ登ってしまったのだ。
「猫耳小僧、やっぱりここにいたのか」
ケインが声をかけた先にいたのは、おかっぱ頭で白いシャツを着た小柄な少年である。可愛らしい顔立ちで、ここの生徒にしては幼い風貌だ。弁当箱を傍らに置き、サンドイッチを口に入れている。
屋根の上に腰掛け、弁当を食べている……この時点で普通の人間でないことは明らかなのだが、少年には普通でない部分がもうひとつあった。
頭には、猫の耳が生えていたのだ。
この少年(?)は、猫耳小僧という妖魔である。イライザの家の居候であり、先ほどは猫の姿でイライザの腕に抱かれていた。妖魔といっても、人間に悪さをしたりはしない。
そして、ケインとは顔見知り……いや、それ以上の仲であった。
「何だニャ? 何か用かニャ」
無愛想な猫耳小僧に、ケインはすたすた近づいていき、隣に座った。
「用かニャって、決まってるだろう。僕は、お前と一緒にご飯を食べるのが好きなんだよ」
「気持ち悪い奴だニャ。お前は、学園でも二番目の変人だニャ」
「えっ? じゃあ一番は誰だよ?」
「ウチのお嬢だニャ」
サンドイッチを口に入れながら、猫耳小僧は答えた。ちなみに、お嬢とはイライザのことである。
「あ、そういえば大変だぞ。お前んとこのお嬢さまだけどな、シーラさんから友達になってくれって言われて、目を白黒させてたぞ」
すると、猫耳小僧は顔をしかめる。
「何だそれ……あのシーラもおかしいニャ。学園で三番目におかしい奴だニャ」
「まあ、確かにあの人は変だな」
苦笑しつつ、ケインは猫耳小僧の弁当箱を覗きこんだ。
「美味そうなサンドイッチだな。いつもと同じく、魚を挟んでるのか?」
「そうだニャ」
「いいなあ。僕なんかこれだよ」
言いながら、ケインが出したのは……白い水の入ったガラス瓶と、ひとかたまりのパンだった。
「な、なんだニャ?」
さすがの猫耳小僧も顔をしかめるが、ケインは食べながら答えていく。
「これはな、パンと魔法の水だ。僕は召使いたちにも嫌われちゃってるから、お弁当を作ってもらえないんだよ」
「魔法の水?」
「そう、プロテインという魔法の水なんだよ。飲むと筋肉が強くなるらしいぞ。飲むかい?」
「いらないニャ。だいたい、それ以上強くなってどうするニャ」
「いやいや、備えあれば憂いなしだよ」
そんなことを言い合いながら、ふたりは昼食を食べ終えた。
すると猫耳小僧は、ポケットからパイプを取り出す。パイプを口にくわえ、むにゃむにゃと何か唱えた。すると指先に火が付いたのだ。
その火でパイプに詰めたものを炙ると、たちまち煙があがっていく。
途端に、猫耳小僧の目がトロンとなった。口から煙を吐き出し、満足げな表情を浮かべる。
「ニャー……食後のマタタビシガーは、本当に最高だニャ。しかし、お前も気の毒な奴だニャ。仮にも貴族の息子なのに、弁当も作ってもらえないのかニャ」
「そうなんだよ。僕も大変でさ」
「本当におかしな奴だニャ。だいたい、なんであんな奴らにヘイコラしてるニャ? お前は、とんでもなく強いニャ。なのに、なぜその強さを見せないのニャ?」
「ほっといてくれよ。僕にも、いろいろ事情があるのさ」
「お前、やっぱりおかしいニャ。学園の変人ランキングは、お嬢が一位かと思ってたけど……お前が一位かもしれないニャ」
その言葉に、ケインは苦笑した。
「おいおい、僕はイライザさんと同レベルなのかい」
「いや、やっぱりお嬢の方が上かもしれないニャ。一昨日の晩なんか大変だったニャ」
「何があったんだ?」
「お嬢の命令で、シーラの屋敷に嫌がらせをしに行かされたニャ」
「えっ? どんな嫌がらせだよ?」
「夜中、あいつの屋敷の前で猫の鳴き真似をやらされたニャ」
「鳴き真似? 何だそりゃ……」
さすがのケインも苦笑する。何とも、しょうもない嫌がらせだ。子供のイタズラと大差ないレベルである。
一方、猫耳小僧は顔をしかめつつ語り続ける。
「仕方ないから、行って鳴き続けたニャ。でも、シーラは平気な顔でぐうぐう寝てるニャよ。むしろ、召使いやら侍女たちがビビりまくってたニャ。これは猫の霊だ! なんて言い出して、霊媒師を叩き起こして呼んできたニャ。仕方ないから、猫の姿で逃げたニャよ」
「それは災難だったな」
「まったく、お嬢はいつもアホな作戦ばっかり立てるニャ。それをやらされる俺の身にもなって欲しいニャ」
「大丈夫だよ。僕もお前の苦労はわかるから」
そう言って、ケインは猫耳小僧の頭を撫でた。そう、彼にはわかるのだ。アベルもシーラも天然な性格である。フォローするのは、なかなか大変なのだ。
「俺の苦労を知ってるのは、お前だけだニャ……」
◆◆◆
ウルテミス学園には、一般生徒はおろか教師ですら入れない部屋がある。ここに入れるのは『闇の生徒会』のメンバーとして認められた者だけだ。
そして本日は、闇の生徒会を牛耳る五名……通称・五悪神が生徒会室に集合していたのだ。
「アーリマンよ、俺たちをわざわざ集めるとは……いったい何事だ?」
「ロキ、そう言うな。本日は、レッドカードの通知を知らせるために集めたのだ」
「ふうん、レッドカードかあ……それなりの相手じゃないと、面白くないからねえ」
「フッ、エリスは気まぐれだからな」
「で、アーリマンよ……その相手は、いったい誰なのだ?」
「セト、君も既に知っているだろう。アリティー家のアベルと、ハンム家のシーラだ。奴らは、少々目立ち過ぎだからな」
「ああ、あいつらね。でも、いきなりレッドカードなの?」
「ヘカテーよ、最後にレッドカードを出したのは、いつのことが覚えているか?」
「確か三ヶ月くらい前じゃなかった?」
「そうだ。そろそろ、生徒たちの気を引き締めておかねばならん。アベルとシーラには、そのための生贄になってもらうとしよう」
「アーリマンよ、今回はどこまでやるのだ?」
「あのふたりは、調子に乗りすぎているからな。退学させても構わん」
「では、誰にやらせるのだ?」
「最近、闇の生徒会に入ったヨハネにやらせてみてはどうだ? あいつの連れている用心棒は、地下道のサムといってナイフ投げの達人らしいぞ」
「地下道のサムか……聞いたことがあるな。よし、まずはアベルとシーラにレッドカード発行。ついで、ヨハネにふたりの処遇を任せるとしよう」




