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奇行種な次男とポンコツな脳筋悪役令嬢の物語  作者: 赤井"CRUX"錠之介
マスクド・スーパー・ソロ誕生編

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決着

 イライザのハイキックは、ケインの頭部を打ち抜いた。

 一瞬遅れて、バタリと倒れる。


「や、やりましたわ。あの最強の男に、わたくしは勝ちました……」


 イライザの口から飛び出したのは、震える声であった。

 これまで、ケインの強さを間近で見てきた。まともに闘えば、百回闘って百回負けるであろう実力差……しかし今、その男を倒してしまったのだ。

 だが、そこでイライザはハッとなった。ケインは、倒れたきり動かないのだ。

 ひょっとしたら、脳にダメージを負ってしまったのだろうか。


「ケ、ケインさん! わたくしは勝ちましてよ! お認めになるわよね!」


 口ではそんなセリフを吐きながらも、顔は青くなっていた。慌ててしゃがみこむと、ケインの胸に手を触れる。鼓動を確かめようとしたのだ。

 だが、そこでケインの目が開かれる──


「引っかかりましたね」


 彼の口から、そんな言葉が聞こえた。直後、横から何かが飛んでくる。

 それがケインの手だ、と気づいた時には遅かった。完全に不意を突かれ、横殴りの掌底打ちをまともに顎に受ける。

 イライザの意識は闇に沈んだ。




 イライザは目を開けた。

 まず視界に入ってきたのは、心配そうなケインと、呆れた猫耳小僧の顔だ。


「わたくし、負けたのですね」


 言いながら、イライザは上体を起こした。途端に、ケインが頭を下げる。


「すみません。やられたふりをして、あなたの油断を誘いました……卑怯なやり方でしたね」


「何を言っているの。ボロボロの体調のあなたに、無理やり決闘を仕掛けたわたくしの方が、よっぽど卑怯ですわ」


 そこで、イライザは自嘲の笑みを浮かべる。


「そんな真似をしておきながら、わたくしは勝てなかった。もはや、情けなくて涙も出ませんわ」


「何を言ってるニャ。本当は嬉しいんだニャ」


 横から口を挟んだ猫耳小僧を、イライザは睨みつける。


「はあ? 何を言っているのかしら? わたくし、こんな情けない気分は初めてよ」


「その割には、妙にスッキリした顔してるニャ」


 実のところ、猫耳小僧の言ったことは当たっていた。

 今日は、勝つために全力を投入した。自分よりも遥かに上の闘士に立ち向かい、ダウンまで追い込めたのだ。

 久しぶりに、全力を出し切った……それでも、負けは負けだ。


「ケインさん、わたくしは負けました。さあ、何なりと申しつけください。できることなら、なんでもします」


「だから、それはいいです。僕も卑怯な手を使いましたし、これで痛み分けということで……」


 言った途端、イライザの目が吊り上がる。


「どういうことですの!? わたくしを子供扱いする気ですか!?」


「いや、そういうわけでは……」


「わたくしは、今の勝負に全てを懸けていました! そして敗れたのです! 勝者は全てを肯定され、敗者は全てを否定される! これが勝負なのです! さあケイン、わたくしに何なりと命令しなさい!」


 敗者と言っている割には、やけに偉そうである。さすがのケインも、どうしたものか悩んだ。今になって気づいたが、イライザは思考がセバスチャンに似ているのだ。

 その時、ある考えが浮かんだ。


「わかりました。では、今からあなたに命令します。どんなに苦しくても、つらくても、僕の言う通りにするのですよ。いいですね? あ、でも嫌だと言うなら──」


「グレイス家の女に、二言はありません! さあ、早くしなさい!」


 ケインの言葉を遮り、ピシャリと言ってのけるイライザ。


「わかりました。では……」


 そこで、ケインは顔を近づけていく。イライザは、頬を赤くして顔をそむけた。


「な、何をするのです?」


「黙って言うことを聞いてください」


 そこで、ケインは言葉を止めた。もったいぶるかのような間を置き、そっと囁く。


「これからも、兄とシーラさんの良き友でいてあげてください」


 すると、イライザはじろりと彼を睨む。


「なんですって!? それがあなたの願いなの!?」


「そうです。兄もシーラさんも、あなたのことが好き……あ、好きと言っても、友だちとして好きという意味ですよ。とにかく、あなたには兄やシーラさんの友だちでいてほしいのです。いいですね?」


「わかりましたよ!」


 不機嫌そうな表情で答え、イライザは立ち上がる。プンプン! という擬音が聞こえてきそうな態度だ。

 直後、ケインに背を向けてズカズカ歩いていく。ケインは、慌てて後を追った。


「ちょっと待ってください。なんか怒らせてしまいましたか?」


「怒ってませんわ」


「いや、その顔は怒ってますよね?」


「怒っていません」


「その顔は完全に怒ってるニャ」


 横から、猫耳小僧が口を挟んだ。すると、イライザが凄まじい形相で睨みつける。


「いい加減にしなさい! わたくしは、ぜーんぜん怒っていません! 明鏡止水のごとき静かな心持ちですわ!」


 怒鳴ると、イライザは大股で去っていこうとした。しかし、ケインがその行く手を塞ぐ。

 直後、予想もしていなかった言葉が飛び出した。


「すみません。あの、来週ウチでパーティーがあるのですよ。そちらに、できれば出席していただきたいなあ、なんて……」


「はい?」


 怪訝そうな顔で聞き返したイライザに向かい、ケインは若干恥ずかしそうな様子で繰り返す。


「ええと、ですから、来週はアリティー家でパーティーが開催されるのですよ。兄は、このパーティーにシーラさんを呼ぶつもりです。できれば、そこにイライザさんも来ていただけるとありがたいな、なんて……」


「それも命令ですか?」


 そんなことを聞いてきたイライザに、ケインは慌てて首を横に振った。


「いえ! それとこれとは別です! 嫌だったり、予定が入っている場合はですね──」


「誰が行かないと言いました? もちろん行きますよ」


 ◆◆◆


 そして、パーティーの当日。

 庭にテーブルが並べられ、料理や高級な酒が並べられている。地方の名士や貴族たちが大勢呼ばれており、笑顔で挨拶を交わしていた。

 その中に、イライザも入っていた。




「あ、あなたがイライザさまですか!? 私がケイン坊っちゃまの教育係を務めておりますセバスチャン・タキザワです!」


 イライザはパーティーに来た途端、いきなり正装したセバスチャンに捕まってしまったのだ。

 さすがのイライザも、こんな事態は予測していなかった。顔を引きつらせ、傍らにいるケインにそっと尋ねる。


「な、なんですの? この暑苦しい怪人は?」


「すみません。悪い人間ではないのですが、ちょっと一般人とはズレておりまして……」


 恐縮しつつ答えたケインだったが、セバスチャンの勢いは止まらない。イライザを、頭のてっぺんからつま先まで、じっくりと見つめる。

 そして、感心したように首をブルブルと振った。


「いやあ、素晴らしい! 実に素晴らしい! イライザさま、あなたは私の理論が正しかったことを証明してくれました!」


「理論? なんですかそれは?」


 困惑しつつ尋ねたイライザ。ケインは、こいつに話を振ると面倒なことになるよ……としきりに顔で合図していたのだが、イライザは気づかなかったらしい。


「聞きたいですか? いいでしょう、教えてさしあげます……それはズバリ、筋肉は世界を救う!」


 言いながら、セバスチャンは両腕の筋肉を盛り上げる。上腕二頭筋を誇示するポーズだ。


「は、はあ!?」


 呆れた顔のイライザに、セバスチャンはなおも語り続ける。


「私はですね、坊っちゃんにもっともっと強く逞しくなってほしいのですよ! そのためにはですね──」


「ちょっとお待ちなさい」


 言いながら、イライザは右手を前に突き出した。静かに、というジェスチャーのようだ。

 なぜか、その顔には鋭い表情が浮かんでいる。尋常でない何かを感じ取ったのか、セバスチャンも黙ってしまった。


「あなた、今ケインにもっと強く逞しくなってほしい、と言いましたね? あなた、今のケインがどれくらい強いかわかって言ってるの?」


「は、はひ?」


 詰め寄るイライザに、さすがのセバスチャンもたじたじだ。

 マズいと思ったケインは、すぐさま彼女の手を握りその場から離れる。あのままでは、ケインの秘密をバラしかねない。

 だが、そこでふたりの前に現れたのはエマだ。恭しい態度で、イライザに挨拶する。


「はじめまして、私はエマと申します。こちらのお屋敷にお仕えしておりますわ」


「え、エマさん、いったい何の用です?」


 今度は、ケインが顔を引きつらせる番だった。しかし、エマは構わずイライザの手を取る。


「イライザさま、是非ともふたりきりでお話ししたいことがあります。来ていただけますか?」






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