決闘
ややあって、ケインは再び語り出す。
「僕の育ての母は、クリサニア伯爵夫人です。妾の子である僕に対し、アベル兄さんと同じように接してくれました。ところが、その母が病で倒れたのです」
そのことは、イライザも知っていた。クリサニア夫人は、二年ほど前に病気で亡くなったはずだ。
「母は亡くなる直前、メイドのエマさんを通じて僕を呼び出しました。何用かと思い、僕は呑気に病室へと行きました。すぐに治るだろう、そう高を括っていたのです。しかし、それは間違いでした」
ケインの表情は歪んでいた。こんな彼を見るのは初めてだ。イライザは何も言えず、彼の次の言葉を待つしかなかった。
「母は、僕にこう言いました。あなたは強い子なのだから、弱い者イジメはやめなさい……とね。さらに、こうも言いました。お兄ちゃんを助けてあげてちょうだい。私の代わりに、守ってあげてほしいの……と。それから間もなくして、母は亡くなりました。僕は、短期間で生みの母と育ての母を失ってしまったのですよ」
そこで、ケインは口元に笑みを浮かべる。
「以来、召使いたちをいたぶるのはやめました。僕はね、母の遺言を守ろうと決めたんですよ。命ある限り、ね」
「で……お前はこれからも、その約束を守るつもりなのかニャ?」
そっと尋ねたのは猫耳小僧だ。対するケインは、笑顔で頷いた。
「ああ、そのつもりだよ」
「そうかニャ。まあ、俺には関係ないし、お前が決めたなら仕方ないニャ。好きにするニャよ」
猫耳小僧は、そっけない態度で言った。しかし、本音は違うようだった。
そして、イライザもまた違うことを考えていた。
「あなたは、確かに立派だわ……でも、それは違うと思う」
呟いた直後、イライザは着ていたマントを脱ぎ捨てた。短パンとタンクトップ姿になり、さっと立ち上がる。
次の瞬間、とんでもないことを口走る。
「ケイン・アリティー……わたくしは、あなたに決闘を申し込みます!」
「はい? 何を言ってるのですか?」
きょとんとなっているケインを、イライザは鋭い表情で睨みつける。
「さあ、立ちなさい! わたくしと決闘よ!」
「な、何を言ってるニャ? お嬢、頭は大丈夫かニャ?」
心配そうに尋ねた猫耳小僧だったが、イライザは彼のことなど見てもいない。
「早く立ちなさい! でないと、わたくしの方から仕掛けますよ! わたくしを甘く見ない方がよくてよ! 無抵抗のあなたにケガさせるくらいならできましてよ!」
「お嬢、いい加減にするニャ! ケインはトレーニングでへとへとニャよ! こんなの卑怯だニャ!」
叫んだ猫耳小僧だったが、イライザに引く気配はない。
「そう、これは紛れもなく卑怯者のふるまい……でもね、こうでもしなければわたくしは勝てない! そして、この闘いには絶対に勝たなくてはならないの!」
「なんでだニャ!?」
「彼を……ケインを呪縛から解き放つためよ!」
「呪縛? どういう意味ですか?」
言いながら、立ち上がったのはケインだ。その顔つきは変わっている。
イライザの顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
「ようやく、やる気になったようですね。はっきり言いましょう。今のあなたは、亡きお母さまの奴隷です! いつまで、その言葉に縛られているつもりですか!」
「僕の母を侮辱するのですか? いくらあなたでも、それは許しませんよ」
言ったケインの体からは、闘気が漂い始めている。それを察したイライザは、さっと飛び退き構えた。
「では……ケインさん、決闘をお受けしてくださるのね?」
「わかりました。受けましょう」
「始める前に、条件をつけさせてもらいます。勝った方は、負けた方にひとつだけ命令ができる……これでどうです?」
「何でもいいですよ」
ケインの目つきは変わっていた。用心棒や闘士たちを打ち倒してきたときのそれになっている。
その時、猫耳小僧がイライザの手をつかんだ。
「お嬢! いい加減にするニャ! 帰るニャよ!」
だが、イライザはその手を振り払う。
「離しなさい! これは命令よ! あなたは、黙って見ていなさい!」
「そうだよ。猫耳小僧、君は見ていればいい。イライザさんとは、一度は闘わなくてはならない気がしていたんだよ」
言いながら、ケインは構える。だが、疲労の色は隠せない。なにせ、百キロはあろうかという石を担いで崖を上がったり、降ってくる石を躱したりしていたのだ。
それでも、ケインは闘う気だ。そんな彼の姿に、イライザも嬉しそうだ。
「そう、あなたはお母さまの呪縛を解き放ち、自分の人生を生きなくてはならない……わたくしが、今までのあなたに引導を渡します! それでは、レディ──」
「ゴー!」
叫んだのはケインだ。続いて、一気に間合いを詰めていく。
だが、意外にもイライザは回り込んだ。次いで、ケインの太ももに鋭いローキックを放つ。
ビシッという音が響き渡る。次いで、ケインの顔が歪んだ──
イライザは、基本はポンコツである。だが、こと闘いとなれば話は別だ。彼女は、先ほどからのケインのトレーニングを見て、足にかなりの疲労が溜まっていると見抜いた。
その足を、徹底して狙う作戦に出たのである。
「わたくしは、絶対に勝たねばならない……ならば、手段は選べません!」
叫びながら、イライザはなおも蹴りを打っていく。日頃、サンドバッグを蹴りまくり鍛え上げてきた足だ。さすがのケインも、ダメージは隠せない。
しかも、ケインは数日前にスラムコングとの試合を終えたばかりである。一方的な展開だったが、それでも疲労はゼロではない。ダンスのような動きで観客にアピールし、試合でもずっと動き回っていた。
さらに、特訓により体をいじめ抜いた状態である。ケインは、普段の半分の力も発揮できていない。
そんな中でも、どうにかイライザの攻撃に対応しようとする。だが、反応速度が遅い。体も重く、イライザの速い蹴りに防戦一方だ。
イライザはというと、軽やかなフットワークでケインの周囲を回っている。まさに、スラムコング対ケインの再現だ。近づいて来るケインに蹴りを放ち、パッと離れる。時おり、顔面へのパンチも放つ。
ケインも、イライザの狙いが自分の足であることはわかっていた、だが、疲労の溜まった足は言うことを聞いてくれない。鞭のようにしなるローキックを、躱すことも防ぐこともできずにもらい続けてしまう。
今もまた、イライザのローキックが炸裂した。
「どうしたのかしら! それでは、マスクド・スーパー・ソロの名が泣きますわよ!」
煽るようなセリフを吐きながら、またしてもローキックを放つイライザ。ビシッといういい音が響き、ケインの顔が歪む。
見ている猫耳小僧は、思わず動こうとする。だが、かろうじて踏みとどまった。このふたりの闘いに、自分が踏み込んではならない……その思いが、彼の体を押し止めたのだ。
やがて、ケインの動きが止まる。足はぐらつき始め、立っているのもやっと……という雰囲気だ。
それでも、イライザは油断しない。ケインの正面に立つことなく、ステップを踏みつつ速いローキックを叩き込む。鋭い音とともに、またしても蹴りが太ももに炸裂した。
ほぼ同時にケインも動く。ローキックに合わせ、相討ち覚悟のパンチを放った。だが、そのパンチはボディへのストレートだ。顔面へのパンチではない。しかも、足へのダメージにより踏み込みが甘くなり、当てることはできなかった。
イライザの顔が、さらに険しくなる。
「この期に及んで、まだ情けをかける気!?」
叫んだ直後、またしても蹴りを繰り出す。しかし、今度はローキックではない。顔面を狙ったハイキックだ。
ケインの顔面に、イライザのハイキックが炸裂する──




