告白の日
「あ、あなたたちは何をやってるの!?」
叫んだのはイライザだ。
もっとも、それも仕方ないことであった。なにせ、彼女が今いるのは崖の上だ。急な斜面が、およそ二十メートルほど続いている。
猫耳小僧もまた、彼女のすぐそばにいた。さらに、木製の奇妙な仕掛けまである。大きな石が幾つも置かれており、さながら投石機のように見えた。
それだけでも異様だが……崖の下には、ケインが立っているのだ。
「何って、トレーニングですよ。見てればわかります」
「トレーニング……」
イライザは、唖然となり呟いた。
今日は土曜日、ケインが秘密を話してくれると言っていた約束の日である。しかし、来てみれば大きな投石機が崖の上に設置されており、ケインはニコニコしながら崖下にいる。
まさかと思うが、あの大きな石を落とそうというのか?
「じゃあ猫耳小僧、やってくれ!」
ケインが叫ぶと、猫耳小僧は頷きレバーを倒す。
同時に、石が発射された。石と言っても、ひとつ百キロはありそうなものだ。そんな大きな石が、崖下にいるケインめがけ降り注ぎ転がっていく。
だが、ケインは人間離れしたフットワークで次々と躱していく。一瞬でも見切りを誤れば、ケガではすまないだろう。しかし、ケインは笑みを浮かべて避けていくのだ。
「あ、あの人は人間なの……」
呟くイライザに、猫耳小僧は苦笑しつつ答える。
「うん、人間だニャ。でも、ただの人間じゃないニャ。究極のアホだニャ」
「アホ?」
「そうだニャ。アホも極めれば、あんな芸当ができるようになるニャよ」
そんなことを言った猫耳小僧だったが、ケインの奇行はそれだけでは終わらない。崖下に転がっている重い石を担ぎ、崖下から歩いて上がって来たのだ。
「ちょっと待ちなさい! なんで上がって来たの!?」
思わず叫んだイライザに、答えるのは猫耳小僧だ。
「もちろん、同じことをもう一度やるためだニャ。さらに、足のトレーニングにもなるニャよ」
「そ、そんな……」
ここまで来ると、驚きを通りこして呆れる他なかった。こんなデタラメなトレーニング、どこの誰ができるというのだろう。
開いた口が塞がらないイライザを尻目に、ケインは崖下の石を全て運び終えた。
そして、崖下から猫耳小僧に声をかける。
「猫耳小僧、いいぞ」
「わかったニャ! いくニャよ!」
言った直後、またしても石が降り注ぐ──
「フゥ、やっと終わったニャ。まったく、こんなアホに付き合わされるこっちの苦労も考えてほしいニャ」
そんなことを言いつつ、猫耳小僧はマタタビシガーに火をつける。
だが、イライザに猫耳小僧の声は届いていなかった。彼女の目は、下で大の字になっているケインに釘付けであった。あれから、何度も石を運び、躱し、また石を運び……を繰り返したのだ。
「ケイン、あなたは……」
言った直後、ゆっくりと崖下へと下りていった。
ケインのそばに行き、そっと声をかける。
「聞かせて。あなたは、何のためにここまでのことをしているの?」
「兄と、兄の大切な人を守るためです」
ケインは、寝転がったまま答えた。甚だ失礼な態度ではあったが、今のイライザにそんなことを指摘する気などない。
「なぜです!? なぜ、そこまでしてアベルさんを!?」
「仕方ないですね。いずれ、猫耳小僧にも話そうと思っていたことです。その猫耳小僧の主人であるあなたになら、お話ししてもいいでしょう」
そう言うと、ケインは上体を起こした。が、そこで着ているシャツが汗でビショ濡れであることに気づいた。
面倒くさそうに、パッと脱ぎ捨てる。たちまち、鍛え抜かれた肉体が露わになった。
イライザは、頬を染めてうつむいた。
「ちょっと! わたくしも一応は女なんですが!?」
「あ、す、すみません」
ケインが言った時だった。猫耳小僧が、パイプをくわえた姿で下りてくる。手には、替えのシャツとタオルを持っていた。
「本当に、世話の焼ける奴だニャ。ほれ、これを着ろニャ」
そう、猫耳小僧はこんなこともあろうかと着替えとタオルを常に用意しているのだ。
ケインは、ニッコリ微笑んだ
「ありがとう。やっぱり、お前は心の友だよ」
言った後、不意にケインの表情が暗くなった。
「ふたりとも、よく聞いてください。昔の僕はね、本当に最低のクズだったんです」
「最低のクズ? どういうことです?」
気色ばんで聞き返したイライザに、ケインは静かな口調で語っていく。
「まず、最初に告白することは……僕は、妾の子供なんですよ」
イライザは、驚きのあまり何も言えなくなっていた。そんなことは、ケインにとって……いや、アリティー家にとっても隠さねばならない秘密なのだ。それを、ここで喋ってしまった。
しかし、続いて聞こえてきた言葉で我に返る。
「だから何だニャ。そんなの、俺には関係ないニャよ」
猫耳小僧ののんびりした声に、イライザは思わず笑ってしまった。その通りだ。貴族にとっては一大事かもしれない。しかし、ケインの価値には何ら関係ないではないか。
すると、ケインもクスッと笑った。
「いや、話はここからなんですよ。僕はね、母が亡くなって今の屋敷に越して来ました。当時、召使いやメイドたちから、白い目で見られましたよ。あらあら、ケインさまはこんなことも知らないのですか……なんて言って、ずいぶんとイジメられました」
「なんですって!? 召使いにイジメられたというの!?」
ギョッとした表情のイライザを見て、ケインは苦笑しつつ頷いた。
「グレイス家の召使いは、みな礼を知っているようですね。残念ながら、当時のアリティー家の召使いは違っていました。あるいは、僕が妾腹の子だったからかもしれません。とにかく、僕は毎日召使いたちに嫌味を言われ続けましたよ。昔の僕は、ただ耐えることしかできなかったのです」
そこで、ケインの表情が暗くなった。
「ある日のことです。メイドが、後ろから僕の頭に水をかけたのです。しかし、そこで不思議なことが起きました。僕は、水がかかった瞬間に反射的に振り向いて手を振りました。当時、僕は十二歳くらいでしたかね……そんな子供の一撃で、メイドが悲鳴をあげて倒れたのです。後で知ったのですが、メイドは足が折れていたとか。以来、そのメイドは僕をイジメなくなりました。そして、僕もひとつ学びました」
ケインは口を閉じ、虚空を睨む。当時のことを思い出しているのだろうか。イライザは黙ったまま、ケインが語り出すのを待った。
少しの間を置き、ケインは口を開く。
「僕は、自分が強いことを知りました。と同時に、やられたらやり返すことも学んだのです。そこから、僕の反撃が始まりました。これまでイジメていた召使いたちを、人目のない場所で痛めつけたのです。後ろから飛び蹴りで気絶させたり、二階から襲いかかったり……みんな、重傷を負いやめていきました。階段から突き落としたり、納屋を壊して下敷きにしたこともあります。死者が出なかったのが不思議なくらいでしたよ」
「でも、それは自分を守るためではなくて?」
そっと口を挟んだイライザに、ケインは首を横に振った。
「最初はそうでした。しかし、段々と目的が変わってきたのですよ。僕の気に入らない召使いたちは、全員やめさせてやる……そんな気持ちだった気がします」
そう言うと、ケインはまたしても笑った。
「本当に、最低のクズですよね。気に入らない召使いがいれば、重傷を負わせ辞めさせていたんですから……」
「でも、今はしていないのでしょう? なぜ? 何があなたを変えたの?」
尋ねたイライザの目の前で、ケインの表情が歪んだ。どうやら、ここからもっとも語りたくない何かが待っているらしい。




