金剛拳
「あの野郎、ふざけやがって……」
呟いたのはスラムコングだ。
先ほどはクールなタッチで話しかけていたが、それは演技だったらしい。今は本性を剥き出しにし、相手を睨みつけている。
それも仕方ないことであった。この地下闘技場にて試合のできる闘士は、選ばれし一部の者だけだ。スラムコングもまた、地方の試合で勝ち星を重ねて、ようやく王都の地下闘技場にて試合ができるようになったのだ。
ところが、あのマスクド何とかと名乗る若造は、いきなり登場し、ふざけたパフォーマンスで観客たちの人気をかっさらってしまったのだ。
「許さん……俺の金剛拳で、必ず叩き潰す!」
◆◆◆
「ただ、あのスラムコングも手強いですよ。奴は、金剛拳の使い手ですからね。面白い闘いになりそうだ」
アスランの言葉に、イライザは彼の方を向いた。
「金剛拳? それは、どういう技を使いますの?」
「実のところ、私も直接見るのは今回が初めてなのですよ。あくまで噂ですが、独特の鍛錬により体を金剛石のごとく硬くできるそうです」
「金剛石? それはなんだニャ?」
口を挟んできたのは猫耳小僧だ。その問いに、イライザが答える。
「ダイヤモンドのことですわ。それにしても、人間がそこまで体を硬くできるものなのですか?」
今度は聞き役となったイライザに、アスランも苦笑しつつ答える。
「わかりません。なにせ、私も直接見るのは初めてなので……正直言って、楽しみにしていたのですよ。金剛拳に、果たしてケインの技が通用するのか? これは見ものですよ」
その時、道化師が叫ぶ。
「では皆さん! これより試合開始です! いきますよ……レディ! ゴー!」
直後、道化師は闘技場から飛び出していく。残されたケインとスラムコングは、離れた間合いで対峙していた。
先に動いたのはスラムコングだ。両腕で顔をガードし、じりじりと接近していく。見た目とは違い、慎重なタイプらしい。
一方、ケインは軽快な動きでステップを踏んでいる。跳ねるような動作をしつつ、接近してくる大男を見据えていた。
そして先に攻撃を仕掛けたのは、ケインの方だった。鋭い横蹴りが放たれ、スラムコングの腕を打つ。
しかし、スラムコングは微動だにせず前進していく。ケインの方は、素早い動きでさっと間合いを離した。
「今の蹴り、普通なら腕の方が折れているはずなんですがね、さすが金剛拳だ。傷ひとつついていない」
アスランの言葉に、イライザは表情を歪める。
「では、ケインは負けるのですか?」
「普通の闘士なら、スラムコングには勝てないでしょう。ただし、ケインは別です。あの男は、奇跡を起こせますから」
そこで、アスランは苦笑し首を横に振った。
「いえ、これは私の言い間違えですね。彼にとって、これは奇跡と呼べるほどのものではないでしょう。ケインは……いえ、マスクド・スーパー・ソロは勝ちますよ。なにせ、この私を負かした男ですからね」
言った後、アスランは目線を闘技場に向ける。
「無様な負けだけは許さんぞ。お前はこの私に、あなたが弱すぎるんじゃありません。僕が強すぎたのです……などと傲慢なセリフを吐いてくれたのだからな」
闘技場では、相変わらずの膠着状態が続いていた。
横蹴りを放っては逃げるケインと、じりじりと追うスラムコングという図式だ。その単調な攻防が、どのくらい続いただろうか。観客席からは、ダレた空気が漂ってきている。
と、そんな空気を敏感に読み取ったのか、ケインの動きが変わる。不意に動きを止め、両拳を挙げ構えた。
そして叫ぶ。
「お客さんを退屈させちゃあいけないですね! スラムコングさん、堂々と正面からド突き合いましょうよ!」
この言葉に、観客からドッと歓声があがる。しかし、アスランは顔を歪めた。
「バカかあいつは!? 真正面から殴り合うなど、スラムコングの思う壺だぞ!」
「彼はどうしましたの!?」
勢いこんで尋ねたイライザに、アスランは首を横に振った。
「わかりませんが……どうやら、奴のパフォーマーとしての本能が、観客の退屈した気分を感じ取ったようです。それが、あんなバカな行動に駆り立てているのでしょう。私なら、あのスラムコングと正面きっての殴り合いなど、絶対にしませんがね」
言った時だった。猫耳小僧が、ポンとイライザの肩に触れる。
「大丈夫だニャ。あのアホは、必ず勝つニャ」
「な、何を根拠にそんなことを?」
「俺は、あいつの闘いを間近で見てきたニャ。今、あいつの発している匂いは……勝利を確信した時のものだニャ。あいつは、必ず勝つニャよ」
一方、闘技場内のスラムコングにしてみれば、願ってもない展開である。彼は、凄まじい勢いで突進していった。ケインの方は、逃げる気配がない。
スラムコングは、右拳を振り上げた……だが、次の瞬間にその顔が歪む。
「そ、そんなバカな!?」
そう、スラムコングの右腕に痛みが走ったのだ。金剛拳の鍛錬により、ダイヤモンドのごとき硬さまで鍛え上げていた全身だ。痛みなど、あろうはずもなかった。
しかし今、スラムコングの動きは停止していた。想定外の事態に、動けずにいたのだ。
その時、アスランが叫ぶ。
「そうか! あいつは、右腕に蹴りを当て続けた! 寸分違わぬ箇所に、正確に蹴りを当て続けたんだ! いくらスラムコングと言えど、本当に腕を金剛石に変えられる訳ではない! 僅かな傷はつく!」
すると、ケインはニヤリと笑った。
「スラムコングさん、ダイヤモンドは確かに硬い。でもね、硬いものほど傷がつくと砕けやすくなるんですよ。では、また僕のターンとさせていただきます」
言った直後、ケインは動く。スラムコングが振り上げた右腕に、パッと飛びついたのだ。
両足をスラムコングの二の腕に巻きつけ、太い前腕を両手でガッチリつかむ。
次の瞬間、スラムコングの右肘は破壊された。そう、ケインの腕ひしぎ十字固めが決まったのだ──
「ウオオォォ!」
スラムコングは吠えたが、まだ戦意は失われていない。肘関節を破壊されながらも、右腕を振り上げる。腕一本犠牲になったが、それでもケインを地面に叩きつければ勝負は終わりだ。
しかし、ケインは瞬時に技を解いた。そこから上に飛んだかと思うと、右足の踵を振り上げる。
ケインの飛び踵落としが、スラムコングの脳天をえぐる。さしもの金剛拳も、防御の型に入っていない時は、その硬さを発揮できないのだ。
スラムコングの動きが、完全に停止する。一瞬遅れて、バタリと倒れた。
静まり返る観客たち。しかし、真っ先に叫んだのは道化師であった。
「うおおぉぉ! 金剛拳のスラムコング敗れたり! 勝者、踊るトリックスター……マスクド・スーパー・ソロ!」
途端に、割れんばかりの歓声が響き渡る。勝利したケインは、軽やかな動きで闘技場内をピョンピョン飛び跳ねつつ、皆に向かい両手を振っていた。
そしてイライザはというと、口をあんぐりと開けたままケインを見つめていた。その顔に浮かんだ驚愕の表情は、未だ消えることなく残っている。
さすがに見かねたのか、猫耳小僧がチョンチョンとつついた。
「お嬢、いつまで口開けてるニャ。みっともないニャよ」
その言葉に、イライザは慌てて口を閉じた。すると、アスランがクスッと笑う。
「さすがに、今のは驚きだったようですね」
「はあ!? わたくし、驚いてなどいませんわ! 彼の実力を知るわたくしならば、この結果など当然見えていましたもの」
すました顔で白々しいセリフを吐いたイライザに、猫耳小僧は首を横に振った。
「まったく、お嬢は負けず嫌いだニャ……」




