何やら恐ろしげな対戦相手
「な、なんですかあれは!?」
叫んだのはイライザだ。しかし、それも無理からぬことだった。
室内にのっそりと入ってきたのは、岩石をそのまま擬人化したような男であった。背はさほど高くないが、体に搭載されている筋肉量は、異常としかいいようがなかった。腕は太く、瘤のような筋肉がうねっている。肩幅も異様に広く、首は女性のウエストほどはあるだろう。白い肌で髪は短く、顔からは己に対する絶大なる自信が感じられた。
「彼がスラムコングです。なかなか面白い特技がありましてね、ケインがこいつをどう攻略するのか、とても興味がありますね」
アスランがそっと解説した時、スラムコングはすたすたと闘技場の中央へ歩いていった。
静かな表情で、ケインを見つめ口を開く。
「お前がどこの何者かは知らん。だがな、俺はお前ごときに構っている暇はない。さっさと叩き潰し、次にいかせてもらう」
コングなどというワイルドなリングネームの割には、冷静な喋り方である。
一方、ケインの方は普段通りであった。
「あなたは、スラムコング……その筋肉から繰り出されるパワー殺法で、敵を次々と薙ぎ倒していくファイターだと聞きました。事実、この地下闘技場でも七連勝しているそうですね。大したものです」
ここで、ケインは首を横に振った。やれやれ、というリアクションだ。相手を小馬鹿にした態度である。
「しかしね、世の中は広い。上には上がいるんですよ」
「どういう意味だ?」
スラムコングの目に、怒気が浮かんだ。しかし、ケインは飄々とした態度だ。
「どういう意味って、言葉通りですよ。難解な単語は用いていないはずですがね? 理解できませんか?」
その時、道化師が割って入った。
「はい、トラッシュトークはそこまで! 次は、スラムコングのデモンストレーションだ!」
直後、数本の太い丸太が運ばれてくる。二メートルから三メートルほどの長さで、太さはかなりのものだ。重量は確実に百キロを超えているであろう。事実、丸太一本を運ぶのにふたりがかりだ。
スラムコングは、その丸太を指さす。直後、とんでもないことが起きた。
まず、スラムコングは丸太を空中にぶん投げたのだ。丸太は、軽々と飛んでいった。
しかも、一本だけではない。立て続けに、二本を放り投げる。恐ろしい怪力だ。
観客がどよめいたが、本番はこれからであった。スラムコングもまた、すぐに宙に向かい跳躍する。野獣のごとき動きだ。
次の瞬間、獣の咆哮のごとき声が聞こえてきた──
「な、なんですのあれは……」
イライザが呟いた。
闘技場には、丸太の残骸が転がっている。宙に放り投げた三本すべてが、スラムコングの打撃によりバラバラに砕けてしまったのである。
その肉体を見れば、スラムコングの腕力の強さは一目瞭然だ。しかし、太い丸太を砕くとなると、ハンマーのような頑丈な手足と、技のスピードが必要である。
しかも、今スラムコングが使ったのは……技というより、手足をブンブン振っていたようにしか見えない。まるで野獣のようである。
「ご覧の通り、スラムコングは腕力だけではありません。動きも早い上、通常の武術とは異なる攻撃を仕掛けてきます。イライザさんも腕には相当の自信があるとお聞きしましたが、あのスラムコングと闘うとなったら、どのような作戦でいきますか?」
冗談ぽい口調で聞いてきたアスランに、イライザは真顔で答える。
「本音を言うなら、素手で闘うのは願い下げにしたいものですね。勝ち目があるとすれば、目潰しを当てるしかないでしょう。しかし、今の跳躍力を見る限りでは、それも難しいですわね」
貴族の令嬢らしからぬ答えを聞き、アスランは苦笑した。
その時、ケインがまたしても妙な行動を始める。まず、両手を叩いて拍手したのだ。
「いやあ、実に素晴らしい! 百聞は一見に如かずと言いますが、実際に見てみないと、わからないものですな。この素晴らしきパフォーマンスに対し、僕なりのお礼をさせていただきますよ」
ヘラヘラ笑いながら言った直後、ケインは丸太の置かれた所まで行った。
観客席を見回した後、いきなり丸太を放り投げる。
さらに、彼も飛び上がった──
観客席は、しんと静まり返っていた。誰もが口を開けたまま、ポカンとしてケインを見つめている。
ケインはというと、笑顔で観客席に手を振っていた。その彼の前にある者は、大量のおがくずと木で彫った人形……にしか見えないものである。一応は人の形をしているが、頭には二本の角もしくは耳のようなものがついている。
「今、彼の手足が凄まじいスピードで動いた……わたくしには、そうとしか見えなかったです。いったい何が起きたのですか?」
言いながら、アスランの方を向いたイライザ。しかし、アスランの額には汗が滲んでいる。目つきも変わっていた。それまでは、にこやかで優しい紳士のようであった。しかし今は、獰猛な野獣のような雰囲気を醸し出している。
ケインの技が、彼の武術家の本能に火をつけてしまったのかもしれない。
「まったく、恐ろしい奴ですよ。ケインは、宙に舞った丸太に手足で連続攻撃を仕掛け、道具もないのに像を彫り上げてしまいました。ひょっとしたら、私と闘った時ですら、本気ではなかったのかもしれないな……」
その時、ケインは観客席に向かい手を振った。
「すみません、時間がなくて不格好な仕上がりになってしまいました。ちなみに、これは僕の親友である妖魔・猫耳小僧をイメージしたものです」
途端に、猫耳小僧の頬が赤くなった。
「あいつは、また余計なことを……本当にアホだニャ」
アホなどと言っているが、照れ隠しなのは明らかである。しかし、その姿を見たイライザは黙っていられなくなったらしい。
「ちょっと待ちなさい。今、彼は親友と言いましたね。猫耳小僧、あなたとケインはそれほど深い仲なのですか?」
「いや、深いというか何というか……ちょっと付き合いが長いだけニャよ」
「まさか……あなたたち、ただならぬ関係なのではないでしょうね?」
この問いには、さすがの猫耳小僧も首を傾げる。
「ただならぬ? どういうことかニャ?」
「その……口づけを交わしたり、互いに──」
「してるわけないニャ!」
イライザと猫耳小僧がこんな会話をしている間にも、ケインは動き続けている。軽快な動きで、踊るように闘技場内を一周した。
そして元の位置に戻ったかと思うと、観客に向かい叫ぶ。
「さて皆さん、宙に舞った三本の丸太を一瞬で木くずに変えてしまったスラムコングさん。一本の丸太で、不格好とはいえ彫刻を作った僕。技術点が高いのは、どちらでしょうか?」
このセリフに、観客席からはクスクスという笑い声が聞こえてきた。
そもそも、この地下闘技場はトップクラスの闘士たちしか出場できない上、命の保証もない。たとえ死ななくても、一生もののケガを負ってしまえば、闘士として終わりである。
そんな恐ろしい闘いの場で、こんなパフォーマンスをする選手はひとりもいなかったのだ。
「やはり、あの男は凄い。今になってわかりましたよ。彼は天性のパフォーマーだ。ただ勝つのではない。見ている人たちを楽しませ、その上で勝利することこそが至上……一瞬の油断が命取りになる闘いの場で、よくあんなことができるものだ。私レベルの人間では、まだ背中すら見えない位置にいる」
アスランが呟いたが、その言葉を聞いたイライザの心に疑問が浮かぶ。
他人を喜ばせることこそが、ケインの至上命題だというの?
だから、学園でも屋敷でもできそこないの奇行種を演じている?
それとも、何か他に理由が?




