メッセージ
その日の朝、ウルテミス学園の掲示板の前には人だかりができていた。
「なんだこれ?」
「意味わかんないんだけど?」
「イタズラじゃないのか?」
そんな騒ぎを見れば、アベルやシーラたちも放ってはおけない。好奇心を刺激され、掲示板へと近づいていく。すると、人の群れは一斉に離れた。
後ろに控えているケインは、この異変に口元を歪める。アベルとシーラに関係あることが書かれているのか。闇の生徒会が、また何か仕掛けてきたのかもしれない。
しかし、そこに書かれていた内容は、ケインの想像の斜め上をいくものであった。
(マスクド・スーパー・ソロへ。あなたと決着をつけたい。明日の夜、地下闘技場にて最高の相手を用意して待っている。この闘いに勝てば、そちらの要求を飲もう。闇の生徒会)
「なるほど、そうきたか……」
ケインは笑みを浮かべる。
おそらく、闇の生徒会としてもこれ以上のダメージは負いたくないのだろう。既に、ふたりの生徒が失敗し転校している。この上、ペペロンチーノ家のピーターたちまで転校させるとなると、彼らの方も様々な形でのマイナスを負うことになる。
それならば、すっぱり手を引くか……ということになったのだろう。だが、ただで手を引くのも面子にかかわる。そこで、地下闘技場での試合を申し込んできた、というわけだ。
ケインは頭の中で考えを巡らせていたが、アベルとシーラは相変わらずのお花畑状態であった。
「ますくど、すーぱー、そろ? 随分と変わったお名前ですね。この学園に、そんな名前の生徒がいたでしょうか?」
首を傾げるシーラに、アベルは微笑みながら答える。
「シーラさん、あなたの常識で判断し、変わった名前だなどと思ってはいけないよ。世の中は、不思議なことだらけだ。シーラさんの名前だって、よその国の人から見れば変かもしれないのだ」
「そういえばそうですね。私、失礼なことを言っていたかも……」
「ただ、どこの何者にもわかることがひとつある。それは、シーラさんの美しさだ。古今東西……いや、異世界でもシーラさんが美女である事実は変わらないよ」
「もう、嫌ですわ。そんなご冗談ばかり言って……」
「いやいや、冗談ではない。シーラさんは美しい。この事実だけは、神だろうが悪魔だろうが覆せない事実だよ」
そんなことを言い合うバカップルの後ろで、ケインは顔をしかめつつも黙って聞いていた。
だが、そこにさらなる火種が投入される。
「何を騒いでいますの……おや、マスクド・スーパー・ソロへの挑戦状ですか。これはまた、面白いことになってきましたのね」
声と共に現れたのは、言うまでもなくイライザだ。
ケインがそちらを向くと、イライザはニッコリ微笑んだ。これまでとは違う余裕の笑みである。ついに、何もかも知ってしまったのか。
「猫耳小僧から、全てを聞いてしまったのですか?」
囁くような声で尋ねたケインに対し、イライザは首を横に振る。
「いいえ。あの子の名誉のために言っておきますが、あなたの秘密めいた話はしておりません。ただ、あなたのことを大切な友だちだと言っておりました。その一言で、だいたいのことはわかりましたよ」
「なるほど」
相槌を打ちつつも、ケインはイライザの態度に困惑していた。これまでとは、明らかに違うのだ。本当のことを言いなさい! という雰囲気が、完全に消え失せている。
「で、あれはどうするのかしら? あなたの想像を聞かせて? マスクド・スーパー・ソロとかいう方は、どうすると思いますの?」
言いながら、イライザが指さしたのは掲示板だ。
「まあ、マスクド・スーパー・ソロは……行くでしょうね」
「それで、わたくしに真実を教えてくれる日はくるのですか?」
不意に、真剣な眼差しで聞いてきたイライザ。ケインは、思わず目を逸らした。
少しの間を置き、ウンと頷く。
「わかりました。僕は、今週の土曜日に猫耳小僧と一緒に特別なトレーニングをします。そこに来てください」
「そこで、あなたという人間の真の姿を見せてくれるのですね?」
「はい。まあ、いずれこうなるような気はしていましたよ。あなたは、僕の唯一の友人である猫耳小僧の主人ですからね」
そう言ったケインだったが、ふと見るとアベルとシーラがこちらを見ていた。ふたりとも、ニコニコしている。
途端に、イライザはうろたえた。
「な、なんですの!?」
「いえ、おふたりとも仲がよろしいな……と。ねえ、アベルさま」
「うん。こうなると、イライザさんが我が妹となる日も、そう遠い話ではなさそうだな」
そんなことを言っているアベルとシーラを、イライザは顔を真っ赤にして睨みつけた。
「そ、そんなんじゃありません!」
言ったかと思うと、イライザは走り去っていった。
その後ろ姿を、ケインはボーッと見ている。と、そこでアベルに小突かれた。
「痛いなあ、何すんの?」
「こういう時は、後を追いかけるものだぞ、ケイン」
「えっ? 追いかける?」
「いいから行け」
アベルに強引に押され、ケインは仕方なくイライザの後を追った。
それを見て、シーラがクスッと笑う。
「イライザさんとケインさんには、私たちがついててあげないと駄目ですね」
「うん、そのようだ」
アベルも、訳知り顔で頷いた。
それから時が過ぎ、昼休みになる。
ケインは校舎裏にいた。いつもなら、ここから壁をよじ登り屋根の上にあがる。しかし、今日はいつもと違う点がある。彼の横には、イライザがいるのだ。
「あの……ここから、どうやって屋根の上に行くのですか?」
不安そうに尋ねたイライザに、ケインは壁を指さした。
「あれを使います」
「はあ!? あれ、とは!?」
「ですから、壁ですよ。壁をよじ登って行きます」
「そんな無茶苦茶な……」
唖然としているイライザを尻目に、ケインは壁に手をかけた。
「ええ。見てください、壁にはあちこちに手をかけられる場所があるんですよ。これを伝っていけば、簡単に登れますよ」
「そ、そんなの無理に決まってるでしょ! 簡単に言うんじゃありません!」
怒鳴ったイライザに向かい、ケインは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ああ、そうですよね。無理ですよね。しかし、僕はあなたひとりくらいなら背負って行けますよ。どうします?」
「無理!」
「あ、そうですよね。無理ですよね。では仕方ありません。僕は、いつもの通り彼と一緒に昼ご飯を食べますよ」
そう言うと、ケインは壁に手をかけた。だが、そこでイライザが彼の肩をつかんだ。
「待ちなさい。本当に、わたくしひとりなら背負って登れるの?」
「はい。あ、でもいいですよ。怖いでしょうし──」
「はあ!? わたくしは怖くなどありません! いいですよ! 行きましょう!」
「わかりました。では、片方の腕を僕の肩に、もう片方の腕を脇から通してください。たすきがけのような状態で、腕をつないで……そうそう、そんな感じです。では、行きますか」
直後、ケインは壁をよじ登り始めた。イライザは、青い顔でしっかりとつかまっていた。
「ニャニャ! な、なんでお嬢を連れてくるニャ!?」
ふたりして屋根の上にあがると、猫耳小僧がギョッとした顔で怒鳴りつけてきた。
一方、イライザは校庭を見下ろし、なぜか勝ち誇った表情になっている。
「素晴らしい風景じゃない……他の生徒たちが、まるでアリのようだわ」
そんな彼女を見て、ケインは思わず苦笑した。
「イライザさん、それ悪役のセリフっぽいですよ」
「当然ですわ。わたくし悪女ですもの。今だって、こうしてあなたの秘密を暴いてしまったしね」




