ケインの混乱
「坊っちゃん! 力が正義なのではありません! 正義が力なんです! わかりますよね!?」
朝からセバスチャンより、謎かけのごとき問いを投げかけられているケイン。正直、全く意味がわからない。だが、知らないよとも言えないので、ここは神妙な顔で頷いておいた。
「はい、そうです。正義が力です」
「そう、正義を貫き通した先に本当の力が生まれるのです! 坊っちゃん、あなたも正義を貫いてください! さすれば、あなたに本当の強さが身につくのです! その時、イライザさまはあなたにメロメロになるでしょう!」
「メロメロ、ですか……」
言いながら、ケインはチラッと父を見た。そろそろ止めてくれ、という思いを込めた視線を送る。だが、レオンに止める気配はない。むしろ、もっと言えという顔つきである。
「坊っちゃん! イライザさまは今、あなたを誤解しているのですよね!? あなたが強いと思い込み、そこで興味を抱いている……そうなのですよね!?」
「はい、それで間違いありません」
上官に対する兵士のごとき態度で、ケインは答えた。父も兄も止めてくれない。こうなったら、しっかりと門を閉めて台風が過ぎ去るのを待つしかなかった。
しかし、この台風はなかなかしつこかった。
「坊っちゃん! 力とは、これすなわちパワー! パワーこそが力! わかりますね!?」
それは同じ意味だけど? などと思いつつも、ケインは真面目な顔で頷いた。
「はい、パワーこそ力です」
「いいですか、パワーがあれば何でもできる! 恋人だってできるんです! イライザさんと結ばれるため……いいですか! 一! 二! 三! パワー!」
言ったかと思うと、セバスチャンは腕を曲げて筋肉を盛り上げて見せたのだ。
お前は何をしてるんだ? と言いたい気持ちを押さえつつ、ケインはもっともらしい表情を作りウンウンと頷いた。
しかし、セバスチャンの攻撃は終わりではなかった。
「さあ、坊っちゃんも一緒にやりますよ! 一! 二! 三! パワー!」
「ぱ、ぱわー……」
仕方なく、ケインも腕を曲げる。と、そこでようやくエマが入って来てくれた。
「はい、朝の体操は終わり。それでは食事にしましょう」
「ハッハッハ、これでケインも朝から気合が入ったな」
登校する途中、アベルが笑いながら話しかけてきた。
対するケインは、ぶすっとした表情でアベルを小突く。
「いや、笑い事じゃないから……付き合わされるこっちの身にもなってよ」
そんなことを言いつつ歩いていく。と、さっそく黄色い声が迎えた。
「アベルさま! おはようございます!」
叫びながら突進してきたのはシーラである。アベルは、微笑みながら挨拶を返した。
「おはようございます。いやあ、シーラさんは今日も綺麗だ。昨日よりも美しさが増している。このままでは、シーラさんの美しさで私の目が壊れてしまうかもしれない」
とんでもないことを言い出したアベルに、ケインは口元を歪める。また始まったよ、とでも言いたげな表情で下を向いた。
だが、シーラの印象は違っていた。
「もう、そんなご冗談ばかり言って……私、怒りますよ」
言った後、シーラは拳を作り、軽くアベルを小突いた。だが、アベルの暴走は止まらない。
「冗談? いやいや、私は本気だよ。シーラさんの美しさは日々進化している。このままだと、一月もしないうちにシーラさんは究極の美を得てしまうかもしれない。魔法の鏡に向かい、この世界で一番美しいのは誰? と尋ねたら、シーラ・ハンムさまです! と答える日も、そう遠くなさそうだ。いや、もう答えているかもしれんな」
とんでもないことを真顔で言い出したアベル。
ケインは頭をはたきたい気持ちを堪えつつ、横で真面目に聞いていた。よくもまあ、こんなバカな言葉がポンポン出るものだ。ある意味、天才かもしれない。
しかし、そこで自身に向けられた視線に気づく。誰かと思えばイライザだ。なぜか勝ち誇った表情で、じっとこちらを見つめている。
また、何かアホなことを仕掛けてくるのか……などと思いつつ、ケインはすっと目を逸らした。だが、その間にもアベルとシーラのお花畑な会話は続いている。
「私は不安だよ。美の女神アフロディーテが嫉妬して、シーラさんに雷を落とすのではないかと思うと、夜も眠れなくなる」
いや、あんた毎日普通に寝てるから! それに雷を落とすのはゼウス! と心の中でツッコむケインだったが、不意にイライザが動き出した。こちらに、つかつかと近づいて来たのだ。
おかしな笑みを浮かべ、おもむろに口を開く。
「ケイン……昨日の昼、あなたは黒パンの塊を食べ、プロテインとかいう謎の液体を口にしましたね!? そうでしょう!?」
「えっ、あ、はい」
ああ、猫耳小僧から聞いたんだな……などと思いつつ答えたが、次の瞬間に気づいた。この人は、驚いてほしいのかもしれない、と。
仕方ないので、ギョッとした表情を作り尋ねる。
「な、なぜそれを知っているのですか?」
「フフフ、わたくしは何でもお見通しなのです。あなたの真の強さを皆の目に晒す時も、そう遠い日の話ではなさそうです」
言った直後、イライザは人差し指でケインをつついた。
「ケイン、あなたの正体を暴く日が楽しみですわ。その時になって、泣いて謝っても許してあげませんから」
そう言うと、勝った! という表情を浮かべ去っていく。
呆気に取られるケインの横では、アベルとシーラのお花畑空間が続いていた。
「私は不安だよ。シーラさんが美しすぎて、いつか空飛ぶ円盤にさらわれてしまうのではないだろうか、とね」
「そ、空飛ぶ円盤? なんですの、それは?」
「うむ。あちこちの空で目撃されている神秘的なものだ。神々の乗り物であるとも、異世界からの使者だとも言われている」
「まあ、恐ろしい。でも、アベルさまの知識も素晴らしいわ。そんなものまで知っているなんて……」
「いやいや、それほどでもないよ」
イチャつきあうバカップルの横で、ケインは頭をポリポリ掻いていた。と、その視界に意外なものが入る。
ピーターらペペロンチーノ家の子女が、何事もなかったかのように登校しているのだ。彼らはアベルとシーラをちらりと見たが、すぐに視線を逸らし歩いていく。その表情は普段通りであり、不安を抱えているような素振りはない。
ケインは思わず首を捻る。彼らの用心棒であるアスランは、地下街でマスクド・スーパー・ソロに敗れた。さらに、ソロに脅迫されもした。
闇の生徒会からの依頼を、彼らは失敗している。にもかかわらず、何事もなく登校できている……これは、どういうことだろうか。
その時、声が聞こえてきた。
「ケイン、何やってんだ? 行くぞ」
声の主アベルは、数メートル先にいた。ついてこないケインに気づき、声をかけたようだ。不思議そうな顔でこちらを見ている。ケインは苦笑し、すぐに歩きだした。
そして昼休み、ケインが校舎の屋根に登ると、そこには猫耳小僧がいた。こちらに気づいているはずだが、無視してアンチョビサンドを食べている。
ケインが隣に座り猫耳をイジると、彼はうっとうしそうに振り払った。
「なんだニャ」
「お前、もしかして僕の行動を報告しろって、イライザさんに命令されたんじゃないか?」
途端に、猫耳小僧の体がビクンとなった。バレバレであるが、それでも彼はそっぽを向いて答える。
「何のことニャ? 知らないニャ……」
「あっ、そう。まあ、報告するしないは任せるよ。僕が何をしているか、イライザさんに言っても構わないから」
「えっ……」
そっとこちらを見る猫耳小僧に、ケインは微笑む。
「お前は、イライザさんの命令に従うのが仕事。僕は、あのふたりを守るのが仕事。それだけのことさ」
言われた猫耳小僧は、ケインをまじまじと見つめた。
少しの間を置き、そっと尋ねる。
「お前の仕事は、誰の命令だニャ?」
「そのうち教えるよ」




