猫耳小僧のさらなる悩み
その日、イライザは機嫌が悪かった。学園から帰って自室に戻ると、さっそく猫耳小僧に八つ当たりを始めた。
「こら猫耳小僧! 聞きなさい!」
「ん、なんだニャ?」
のほほんとした猫耳小僧に向かい、イライザは怒りをぶつける。
「今日、あの奇行種のケインが休んでいたのよ! どういうことかしら!?」
「そんなの知らないニャよ。あいつ、アホだから拾い食いでもして、お腹を壊したんじゃないかニャ」
適当に答えていたが、実のところ彼は真相を知っている。昨夜のアスランとの闘いで疲れ、仮病を使って休んでいるのだ。まあ、実際にケガをしているし、何より精神的な消耗が激しかった。休みたくなっても仕方ないだろう。
ちなみに、今日は猫耳小僧がアベルとシーラをガードしていたのだ。なんやかんや言っても、ケインの頼みは聞いてしまうのが猫耳小僧なのである。
「拾い食い? 何をバカなことを言っているの!? あのケインが、そんなことするはずないでしょ! あいつは、実はとんでもないキレ者なのよ!」
「だって、あいつは奇行種だの出がらしだの言われてるニャ。拾い食いくらいしても、おかしくないニャよ」
「確かに、あいつが奇行種なのは認めるわ。でもね、あいつは強い。恐ろしく強い。この牙突猛進撃滅拳を学んだわたくしイライザでも、ケインには勝てない……わたくしの勘が、そう言っているのよ」
猫耳小僧は、知らないふりをして猫耳をポリポリ掻いていたが……内心では、どうしたものかと思案していた。このイライザ、基本的にポンコツではあるが妙に鋭いところがある。しかも、こうと決めたら簡単に諦めない。
ひょっとしたら、真相に辿り着いてしまうかもしれない──
どうやって誤魔化すか考えを巡らせている猫耳小僧を尻目に、イライザはひとりで燃え上がっていた。
「そうよ、ケインは強い! 絶対に強いの! みんなは、なぜそれがわからないのかしら!? どいつもこいつも、目が節穴で困ったものね!」
再びプリプリ怒りながら、イライザは室内型巻藁を突き始める。心なしか、その威力はいつもより上に見える。
「実は、ケインが来ていなかったから機嫌が悪いのかニャ」
そっと呟きつつ、『月刊マタタビシガー』を読み始める猫耳小僧。と、そこでイライザの手が止まった。
「そういえば、あいつは猫好きらしいわ。今日、アベルさんから聞いたのだけど、ケインは大の猫好きで、登下校の最中でも猫を見ると走り出してしまうそうよ」
「そ、そうかニャ。あいつ、やっぱりアホだニャ」
「そこで、あなたに任務を与えます。猫耳小僧、あなたは学園でケインに張り付くのです。張り付いて、彼が普段何をしているのかをわたくしに報告しなさい」
「ええ……なんだニャそれは?」
猫耳小僧は露骨に嫌そうな顔をしているが、イライザはお構いなしだ。
「これは命令です。学園にいる間だけでいいから、ケインがどこで何をしているか、全てをその目でしっかりと見てチェックするのです。ケインの好きな食べ物、趣味、隠れてどのようなトレーニングをしているか……帰ったら、わたくしに報告しなさい」
それじゃストーカーだニャ、と言いかけたが、口にしたら恐ろしいことになりそうな気がして言葉を飲み込んだ。
それにしても、これは非常にマズい。困った立場に落とされてしまった。イライザへの忠誠と、ケインへの友情……猫耳小僧は、非常にキツい板挟みになってしまったことを感じていた。
悩む猫耳小僧であったが、イライザは容赦ない。
「いいですね猫耳小僧! これは命令です!」
「わ、わかったニャ……」
◆◆◆
翌日の朝、アリティー家では朝から騒ぎが巻き起こる。発端は、アベルの余計な一言であった。
「ケイン、今日は学校に行けそうだな」
「うん。もう大丈夫だよ」
答えたケインに、アベルはニコニコしつつとんでもないセリフを言い放った。
「お前が休みと知って、イライザさんがとても心配していたぞ。いろいろ聞かれて困ったよ」
「えっ? イライザさんが……」
ケインの言葉が、そこで止まった。レオンとセバスチャンが、恐ろしい目つきで話に聞き耳を立てているのだ。
これはマズい。ケインは、話を早々に打ち切ることにした。
「そうなんだ。いやあ、あの人はまだ誤解しているんだね。まあ、その誤解もいずれ解けるよ。では、朝ご飯を食べよう」
だが、そこで乱入してきたのはレオンだ。
「ちょっと待て。アベル、それは本当か? グレイス家のお嬢さんが、ケインが休んだことを気にしていたのか?」
「はい。ケガはしていなかったのですか? とか、傷を負っていなかったですか? などと真剣な表情で聞いてきたのですよ」
聞いているケインは、状況が飲み込めてきた。
おそらくイライザは、ケインが恐ろしい闘いの末に負傷したのではないかと疑っているのだ。そのことをアベルに確認しただけなのである。
しかし、父と兄はそれを完全に誤解している──
「しかし、私がグレイス家の人たちに聞いたところによれば、お嬢さんの口から男性の話題が出たことはないと言っていたぞ」
レオンの言葉に、ケインはウンウンと頷いた。が、そこでまたしてもアベルが余計なことを言い出す。
「父上、イライザさんはゴツいですが乙女です。どこから見ても乙女なのです。秘めた思いを、そうそう家族に打ち明けられるはずがありません。きっと、家族には恥ずかしくて言えないのですよ」
「そ、そうか! そう言われてみれば、そうかもしれんな! そうかそうか!」
そうかそうかと繰り返すレオンの顔には、満面の笑みが浮かんでいる。よほど嬉しいのだろう。
直後、父はケインの方を向いた。
「ケイン、こうなれば善は急げだ。今日、学園に行ったらイライザさんに話しかけてみろ。こちらから、だ」
「えっ、ああ……あの、明日にします」
仕方なく答えたケインに、レオンは目を吊り上げた。
「明日? なぜだ? 今日では駄目なのか?」
「駄目です。僕にも心の準備というものが必要です。というわけで、早くご飯を食べましょう」
そう言うと、ケインはスープの皿に手を伸ばす。だが、ここで黙っていないのが、あの男だ。
「坊っちゃん! 私は今日、何も言わずにいるつもりでした。しかし、今の態度には我慢できません!」
セバスチャンである。彼は怒りのあまりプルプル震えながら、ケインのそばに立っていた。
「はい? 何がですか?」
「坊っちゃん! 人間はですね、できない理由なら無限に思いつけるものなんです! 今、できない者は後でもやらないのです!」
力説するセバスチャンを、ケインは泣きそうな顔で見つめることしかできなかった。うるさいよ、と一言で終わらせたかったが、それを言うといじけてしまうので仕方なく聞いているしかなかった。
「いいですか! やると決めた時、それが一番の好機! いつやるの!? 今しかないでしょ!」
そんなことを叫びながら、なぜか筋肉をアピールするポーズをしたセバスチャン。と、そこにエマが割って入る。
「はいはい、そこまで。食事をするのはいつですか? 今ですよね?」
彼女の口調は冷静だが、ケインを見る目にはどこか楽しんでいるような雰囲気が感じられた。
そして昼休みになった。
ケインが屋根に登ると、いつものように猫耳小僧がアンチョビサンドを食べている。だが、今日はいつもと違い、食べながらブツブツ言っているのだ。
「真相を言うべきか、言わざるべきか……それが問題だニャ」
「おい、何ひとりでブツブツ言ってんだよ。こっちは、朝から大変だったよ」
言いながら、ケインは彼の隣に座り猫耳をイジる。と、猫耳小僧がこちらを向いた。
「人の気も知らないで……この、バトルジャンキーが!」
言うなり、猫耳小僧の猫パンチが飛んできた。危ういところで躱したが、猫耳小僧はプリプリ怒りながらアンチョビサンドを食べ続けている。
「どうしたんだよ、機嫌直してくれよ」
「知らないニャ!」




