新しい王
ケインは、まず檻の扉を開けた。次にアスランを抱き上げる。お姫さま抱っこのような体勢で、アスランを外に出した。
床の上にそっと寝かせると、待っていたかのように猫耳小僧が走ってきた。背中に飛びついて、そっと囁く。
「ここからどうするニャ?」
「決まっているだろう。ここにいる全員、ぶん殴って蹴っ飛ばしてノックアウトだ」
その答えを聞き、猫耳小僧は溜息を吐いた。
「やっぱりお前は、果てのないアホだニャ」
「ああ、アホで結構だよ」
そう言うと、ケインはまずペペロンチーノ家の兄弟たちの方に向かった。長男のピーターに向かい口を開く。
「いいか、時間がないから手短に言うぞ。アベルとシーラのバックには、このマスクド・スーパー・ソロがついている。あのふたりに手出しをするのなら、いつでも誰とでも闘ってやる……闇の生徒会に、そう伝えておけ。わかったら、さっさと家に帰るんだ」
言った後、ケインは再び歩いていった。檻の前に立ち、倒れているアスランを指さす。
「あなた方のボスは、見ての通り僕が倒しました。さて、こうなるとあなた方も放ってはおけないでしょう!? いいんですか、僕を五体満足で帰して!?」
呼びかけるが、手下たちは何の反応もしない。無言のまま、ケインを見つめている。
その態度に、ケインは苛立ってきた。
「皆さん何やってるんですか!? 早くやりましょうや! さあ、僕とやりたい奴がいたらかかってきてください!」
なおも挑発するが、手下は動こうとしない。ただただ、じっと彼を見ているだけだ。
しかし、その数秒後に状況は大きく変わった。
「マスクド・スーパー・ソロ!」
ひとりの手下が叫んだ。お、ついに来るか? と構えたケインだったが、それは勘違いであった。
「マスクド・スーパー・ソロ!」
また別の手下が叫ぶ。いやいや、叫んでないでかかってこいよ……と思ったケインだったが、事態はとんでもない方向に進んでいく。
なんと、その場にいる手下たち全員が叫び出したのだ。
「マスクド・スーパー・ソロ!」
「マスクド・スーパー・ソロ!」
「マスクド・スーパー・ソロ!」
その声に、憎しみは全く感じられない。むしろ、先ほどの大アスランコールと同じものを感じさせる。純粋な、強き者への歓声だ……。
ケインの表情が歪む。こんなはずではなかった。この極悪人たちは、ボスがやられたとなれば刃物片手に襲いかかってくるはずだった。
百人を超す極悪人たちと、命のやり取りをする……それこそが、ケインの狙いだった。しかし、これではどうしようもない。
その時、猫耳小僧が彼をつついた。
「どうするニャ? こいつらぶっ飛ばすのかニャ?」
「いや、それは無理。僕は、戦意のない奴らを殴る趣味はないから」
囁いたケインだったが、状況はさらに悪化していく。
倒れていたアスランが、息を吹き返したのだ。頭を軽く振りながら立ち上がると、ケインに右手を差し出す。
次の瞬間、顔を近づけてきたアスランの口から、とんでもないセリフが飛び出した。
「ソロ……いや、ケイン・アリティー。私の負けだ。完敗だよ。今日からは、君がここの王だ」
「は、はい? 僕はケインなんて名前ではありませんよ?」
周りを見回しつつ、必死で誤魔化そうとするケイン。もっとも、手下たちには今のセリフは聞こえていない。彼らは、マスクド・スーパー・ソロコールに夢中なのだ。
アスランはニヤリと笑うと、またしても耳元で囁く。
「とぼけなくていい。あのときめき交流会の時から、君が只者でないことには気づいていた。目配り、足運び、仕草……どれをとっても、最強の戦士のそれだったよ。ところが、あの学園で君の本質に気づいていた者はひとりもいない。嘆かわしい話だよ」
ケインは、顔から血の気が引いていくのを感じていた。まさか、この男にバレようとは……いや、自分がアスランをナメすぎだったのだ。
「心配しなくてもいいよ。君が黙っていてほしいなら、私は誰にも言うつもりはない」
そう言うと、アスランは手下たちの方を向いた。
「静かに! これから、新しい王より話がある!」
言った瞬間、手下たちはピタッと口を閉じた。アスランは、ケインの方を向き促す。
「さあ、新しい王としての一言を。でないと、皆を悲しませることになるよ。もちろん、私も悲しむ。さあ、早く」
「い、嫌です。僕、そういうの無理です」
ようやく喋れるようになったケインは、必死で首を横に振りながら後ずさった。しかし、アスランは許してくれなかった。
「それは駄目だ。私に挑戦状を叩きつけた挙句、わざわざこの地下街で勝負をした……ここまでのことをしておきながら、王にならないというのは、ちょっと虫がよすぎるのではないかな?」
アスランに詰められ、ケインは表情を歪め後ずさっていく。が、そこで一発逆転の秘策が浮かんだ。
「わかりました。では、新しい王からの言葉を……」
そんなことを言うと、ケインは手下たちの方を向いた。
「あー、オホン。僕が、ケ……じゃなくて、マスクド・スーパー・ソロです。あなた方の、新しい王に就任しました。今後とも、よろしくお願いします」
途端に、手下たちは狂喜乱舞した──
「うおぉ! 新しい王だぜ!」
「アスランさんに勝つなんて、とんでもないぞ!」
「マスクド・スーパー・ソロ!」
それくらいならまだよかったが、誰かが「ソロ!」と叫んだのだ。
すると、手下たちは一斉にコールを始める。
「ソーロー! ソーロー! ソーロー! ソーロー!」
「ちょっと待った! そのソーローコールやめて!」
思わず叫んだケインを、猫耳小僧は冷ややかな目で見ている。
「まったく、アホな名前名乗るからだニャ。で、ここからどう収めるニャ……」
一方、ケインは再びもっともらしい表情を作った。
「ところが、僕はここの人たちのことを何も知りません。ここの生活のことも、何も知りません。そんな人間が、ここを収めていいものか……」
そこで、ケインはアスランの方を向いた。
「というわけで、王としての強権発動です! 王位を、再びアスランさんへと戻します! これは、王の命令です! いいですね!」
言ったかと思うと、ケインはアスランの手をガシッと握った。
「アスラン! あなたこそが地下街の王に相応しい! 強さはもちろん、知識と知恵と魅力、その全てを兼ね備えているあなたに、僕は王位を渡します! はい、これで元通り!」
そう言うと、呆気に取られている手下たちに手を振り帰ろうとした。だが、アスランに肩をつかまれる。
「そうか。まあ、君がどうしても嫌なら仕方ない。今まで通り、私が王の地位に戻る。だが、君には……そうだな、この地下街のVIPとなってもらおう」
そこで、アスランは皆の顔を見回した。
「諸君! 私は再び王となった! だが、こちらにいるマスクド・スーパー・ソロ氏には、我がマロニア地区の客人となってもらうことになった! ソロが我らの力を必要とする時、我々はソロのために命を捨てる覚悟で動く! 逆に、我々がソロの力を必要とする時にも同様! 彼には、存分に働いてもらおうではないか!」
えっ、何それ聞いてないよ……などと思いつつ顔をしかめるケインだったが、アスランの表情には有無を言わさぬものがあった。
しかも、アスランはケインの手首をつかみ無理やり上に掲げたのだ。傍から見れば、ふたりして友情の喜びを味わっている盟友同士のようである。
こうなると仕方ない。ケインは、ヘラヘラ笑いながら頭を下げた。もっとも心の中は、とんでもないことになってしまったぞ……という思いでいっぱいであった。
そんなケインを、しかめっ面で見ているのは猫耳小僧だ。
「言わんこっちゃないニャ……また、面倒なことになってきたニャ」




