対決
やがて、瓶のセットが終わった。ケインは吊るされた瓶を指さしつつ、アスランに向かい口を開く。
「では、今からあの瓶がどうなるか……とくとご覧あれ」
言った直後、ケインは飛び上がった──
その時、何が起きたか……大半の者には見えていなかった。ただ、ケインの足が恐ろしい速さで動いたことしかわかっていない。
そして、気がつくと瓶は地面にあった。それも、縦一列に五個、塔のような形でズラリと並んでいるのだ。
「な、なんだこれ?」
「何が起きたんだ?」
「なんで瓶が並んでる?」
手下たちが驚愕の表情で言い合う中、アスランは唖然としていた。
「そんなバカなことが……」
そう、アスランの目には見えていたのだ。ケインの驚くべき超人技が……。
ケインは、飛び上がった直後に一瞬で紐を切り裂いたのだ。それも、鋭いカミソリのような蹴りで紐を切ったのである。
紐を切られた瓶は、そのまま落ちれば当然ながら割れてしまう。しかし、ケインは絶妙なタイミングで蹴りを入れていった。リフティングの要領で瓶を蹴り上げ、さらに横からの蹴りで瓶の並びを微調整していく。
結果、瓶五個が全て縦に並んだのだ──
「また、あいつは……なんでこういうアホなことに血道をあげるニャ」
呆れた表情で呟いたのは猫耳小僧である。一方、ケインは手下たちの方を向いた。
「さて、ここで問題です。空中五段蹴りで、五個の瓶を全て蹴り割ったアスランさん。一方、五個の瓶をひとつも割らず、空中五段並べに成功した僕。芸術点が高いのはどっちでしょうね?」
そう言うと、ケインは両手を広げ首を傾げる。
手下たちは、互いに顔を見合わせた。ケインの技の凄さを目の当たりにし、言い返すこともできないらしい。
すると、アスランの声が飛んできた。
「なるほど、器用な真似をするな。今の勝負は、お前の勝ちだよ。だがな、蹴道はあくまで敵を倒すための武術! 大道芸とは違うぞ! 今から、それを教えてやる!」
言った後、アスランは檻を指さした。
「あの中に入り、私と闘う覚悟があるか!? あるならついてこい!」
「もちろんです。そのために、わざわざここまで来たのですから」
ケインは、余裕の表情で答えた。
ふたりは、檻の中で向き合う。途端に、手下たちからの声が飛んできた。
「アスランさん! 強さ見せてくださいよ!」
「そんなアイマスク野郎なんか、さっさとぶっ飛ばしてください!」
声は、やがて大アスランコールへと変わる。
「アースラン! アースラン!」
手下たちは、全員がひとつになったかのような様子で叫び続ける。ピーターらペペロンチーノ家の子女たちも、この雰囲気には圧倒され目を白黒させていた。
と、アスランが右拳を突き上げる──
「静まれ! みんな聞け! このマスクド・スーパー・ソロは、なりはふざけてるが、私がこれまで闘った中で最強にして最高の相手だ! そんな相手を今日、皆の前で倒す! よく見ておけ!」
「はい!」
声を合わせて答えた手下たち。一方、アスランはケインを睨みつける。
「では行くぞ! レディ──」
「ゴー!」
後半を叫んだのはケインだ。直後、アスランが一気に間合いを詰めてきた──
アスランの鋭い横蹴りが飛ぶ。それも三連発だ。膝を狙う関節蹴り、腹を狙う中段蹴り、顔面を狙う上段横蹴り。そのどれもが、一撃で勝敗を決しうる威力である。
しかし、ケインはギリギリで間合いを見切り躱していく。同時に小刻みにバックステップしていき、間合いを空けようとする。だが、アスランのステップも速い。
あっという間に、ケインは追い詰められた。背中に鉄格子が触れ、もう後退はできない。
そこに、アスランの攻撃が放たれる。左のフック……だが、これはフェイントだった。次の瞬間、右の中段後ろ蹴りが飛んでくる。体の回転を利かせた強烈な蹴りだ。まともに食らえば、肋骨骨折に内臓破裂は間違いなしだろう。
ケインは、その蹴りをギリギリの間合いで躱す。だが、踵が腹を掠めた。刃物で切ったかのような一筋の傷が腹に生まれた。
もっとも、ケインとてこれくらいは承知の上であった。右の後ろ蹴りに合わせ、カウンターの左パンチを叩き込む。
大振りのパンチは、狙い違わずアスランの顎に炸裂した。直後、アスランはガクッと膝を落とす。パンチを顎に受けたことにより、脳が揺らされてしまったのだ。
さらに、ケインは駄目押しとばかり前蹴りを叩き込む。アスランは、その蹴りをまともに食らい吹っ飛ばされていった。咄嗟に顔面はガードしていたものの、それでも馬に蹴られたようなダメージを受けただろう。
ここでケインが追い打ちをかければ、勝負は終わっていたはずだった。しかし、ケインも腹に受けた傷からの流血が止まらない。思わず腹を押さえ、顔をしかめる。傷は深くないが、血が流れ続けているのは不快だ。
一方、アスランは立ち上がってきた。脳震盪の影響は残っているはずだが、まだ勝負を捨てていないのか。
「フッ、帝王の名は伊達じゃないってわけか」
ケインは、思わず笑みを浮かべる。目の前にいる男は、本当に大したものだ。技、力、共に極限に近いレベルまで鍛え抜かれている。このアスランを倒せる者など、そうはいないだろう。
もし、自分と出会わなければ……この男は、敗北を知らぬままでいられたのかもしれない。そう思うと、改めて運命を感じた。
「そう、あんたは僕と出会ってしまった。だから、敗北を知ることになるんだよ」
そう呟くと、ケインは立ち上がった。両拳を顔の前にあげ、構える。
一方、アスランはじりじりと接近してきた。相当なダメージが残っているはずなのに、それでも戦意は消えていない。荒い息を吐きつつも、その両目はしっかりとケインを捉えている。
「さあ、来なよ! 決着をつけようじゃないか!」
吠えた直後、ケインは手招きした。
両者の間合いは、どんどん狭まっていく。いつの間にか、檻の外から大アスランコールが聞こえてきた。
「アースラン! アースラン!」
手下たちは、涙を流しながら応援している。アスランという男は、上に立つ者としての資格も備えているのか。この極悪な手下たちからも、慕われているらしい。
そんなアスランを、彼らの目の前で倒す──
「そのために、僕は来たんだよ」
呟き、クスッと笑ったケイン。その時、アスランの動きが変わった。恐ろしい速度で一気に間合いを詰め、高く跳躍したのだ。
直後、くるっと体を一回転させる。そう、ザガリーノを仕留めた後ろ回し踵落としを放ったのだ──
もし、アスランにここまでのダメージがない状態であったなら……彼の後ろ回し踵落としはヒットしていたかもしれない。
だが、アスランが体に負ったダメージは、技のスピードやキレを鈍らせていた。ケインに読まれ、外されてしまう。
アスランが着地した瞬間、ケインは囁いた。
「心配しないでください。あなたが弱いんじゃないですよ。僕が強すぎたんです」
直後、ケインはがら空きの後頭部に手刀を食らわす。
さすがのアスランも、これには耐えられなかった。白目を剥き、バタリと倒れる。
場内は、しんと静まり返っていた。
皆、あってはならないものを見てしまったのだ。自分たちの帝王が、目の前で敗れるという光景を……。
そんな中でも、ケインは落ち着いていた。この闘い、まだ終わりではない。ある意味、ここからが本番だ。
地下街に住む者たちは、やられたらやり返す……を信条としている。やられっぱなしでいることは、彼らアウトローの業界では許されないのだ。
そして今、彼らの帝王をよそ者であるケインが倒してしまった。
こうなっては、五体満足で帰せる訳がない。手下たちは、一斉に襲いかかって来るはずだ。




