地下街
ヨンフランシス国の地下には、巨大な街がある。まともな人間は足を踏み入れない、国の暗部といっていい場所だ。
今夜、そんな場所に四人の少年少女が足を踏み入れていた。
「アベルの奴め……アスランの襲撃を躱すとは、なんと運のいい奴だ」
ピーターがいまいましげな表情で言うと、エドマンドが笑みを浮かべ肩を叩く。
「まあまあ、そう急ぐほどのことでもないでしょう。今回は、酒でも飲んでじっくりと楽しもうよ」
「そうそう、時間をかけていたぶるのも面白くてよ」
言ったのはスーザンだ。一方、ルーシーは不満そうな表情である。
「私は、シーラの方を痛めつけたかったわ。あの女、調子に乗りすぎ」
ペペロンチーノ家の兄弟姉妹は、洋服タンスの裏に作った秘密の通路を通り、この地下街に来ていた。
貴族の子女である彼らは、表の社会では上品な坊っちゃん嬢ちゃんを演じなくてはならない。その代わり、ここでは下品な素顔を露わにできる。
彼らは、地下街でしかできない遊びに興ずるため、アスランを引き連れここに来ていた。いや、正確にはアスランが彼らを連れているのだ。
実のところ、アスランは……地下街マロニア地区の帝王なのである。彼が歩けば、皆がパッと道を空ける。
その後ろからは、ピーター、エドマンド、スーザン、ルーシーの四人がついていく。酒瓶をラッパ飲みし、パイプ煙草を吸いながら歩く姿は、街のチンピラにしか見えなかった。
そんな彼らを、じっと見ている生物がいた。一匹の猫である。光る目でペペロンチーノ兄弟たちやアスランの動向を見つめていたが、しばらくすると走っていった。
◆◆◆
翌日の朝、ケインは珍しくブスッとした顔で登校していた。
なぜかといえば、昨日のときめき交流会での散々な結果を父レオンとセバスチャンに叱られたためである。どうやら、ふたりとも本気でケインを恋愛させようとしているようなのだ。恋人ができれば、ケインも変わってくれると信じているらしい。
頼みの綱のエマは、この件に関しては我関せずという姿勢を貫いている。もしかしたら、彼女もケインに恋人ができてほしいと思っているのだろうか。
いずれにせよ、面倒なことになった……と思いつつ歩いていると、隣にアベルが来た。
「ケイン、あのふたりにも困ったものだな」
「そう思うなら、助けてくれてもいいじゃないか」
口を尖らせ言ったケインだったが、アベルは笑っているだけだ。
「ハハハ、そう言うな。お前も、恋をすれば変わるかもしれないぞ」
そんなことを言われ、ケインは殴る真似をしようと手を振り上げた。が、その表情が歪む。
アベルのすぐ後ろに、ドグマバチが飛んでいたのだ。かなり大きなハチであり、毒針も持っている厄介なものである。
ケインは大袈裟に殴るアクションをしつつ、さっとドグマバチをつかみ瞬時に握り潰した。だが、そこで声が響き渡る。
「ホーホッホッホ! 今の、見ましたわ!」
この声は、言うまでもなくイライザだ。奇行種と呼ばれている無能なケインが、危険なドグマバチを瞬時に潰した……これは、マズいシーンを見られてしまった。
となれば、しらばっくれるしかない。ケインはハチの死骸を捨て、とぼけた表情でイライザを見つめる。
「はい? 何のことですか? 何を見たのですか?」
「フフフ、もう誤魔化しはできませんわ。わたくし、この目でしかと見ました! あなたがドグマバチを、瞬時につかみ潰してしまったのを! あんなこと、奇行種の出がらしにできる芸当ではありませんわ! やはり、あなたは凄腕の戦士なのね!?」
「ドグマバチ? そんなものがどこにあるのですか?」
そんなことを言いながら、ケインは両手のひらを前に突き出した。同時に、地面に落ちているハチの死骸を蹴飛ばす。
一方、ケインの手のひらを見たイライザの表情は、みるみるうちに変わっていく。
「えっ、嘘……そんな、わたくしは確かに見たのに」
「見間違いですよ。そんなこともあります。イライザさんは、たぶん疲れているのですよ。たまにはトレーニングを休んではどうですか?」
そう言って、ヘラヘラ笑いながら去っていくケイン。しかし、後ろから奇声が聞こえてきた。
「キーッ! 悔しい! ケイン、許さないわ! わたくしは、必ずあなたの正体を暴いて見せます!」
イライザは、地団駄を踏み怒鳴りつける。そんな彼女を、アベルとシーラはニコニコしながら眺めている。
「もう、イライザさんたら、本当にケインさんと仲がいいのね」
「うん。いつになったら付き合うのだろうな。そうすれば、父上もセバスチャンも安心するのに」
そして午前の授業は終わり、昼休みとなった。
ケインは、さっそく校舎裏へと行き壁を登っていく。屋根に飛び乗り周りを見ると、彼の戦友とも言うべき者は既に到着していた。校庭を見下ろしながら、アンチョビサンドを食べている。言うまでもなく猫耳小僧だ。
ケインは彼の隣に座ると、その猫耳を撫で回した。途端に、猫耳小僧に睨まれる。
「ベタベタするニャ、気色悪い」
「そんなこと言うなよ、親友じゃないか」
「何が親友だニャ。だいたい、兄貴のそばにいなくていいのかニャ?」
「大丈夫大丈夫、今日はペペロンチーノ・ファミリーは全員休んでるんだよ。当然ながら、アスランも来てない。となれば、後はイライザさんに任せといても安心さ」
そう、今日はピーターら四人は学園に来ていない。そのため、ケインも安心して兄やシーラから離れられるのだ。
「なるほどニャ。あいつら、昨日はベロベロに飲んでたからニャ。二日酔いなんだろうニャ」
「おいおい、本当かよ?」
「本当だニャ。あいつら、地下街で飲んでたニャ。全く、若いガキは飲み方を知らないからニャ」
「そうか……奴ら、地下街で遊んでいるのか。なら、次は地下街でケリをつける」
そんなことを言いながら、ケインは黒パンの塊とプロテインの入った瓶を取り出した。パンをかじり、プロテインで流し込む。
猫耳小僧は、フゥと大きな溜息を吐いた。
「お前、正気かニャ? あのアスランは、地下街マロニア地区のボスだニャ。あいつらに手を出したら、マロニア地区中のゴロツキが襲いかかってくるニャよ」
「上等だよ。まずは、アスランとの闘い。さらに、あの地下街の連中を相手にして生きて帰れるか……こんな痺れる勝負はないね」
ケインは本気で言っているのだ。生きるか死ぬか、そのギリギリの状況にいたい。そんなバトルジャンキーの部分が、ここで頭をもたげてしまったのである。
笑みを浮かべつつ黒パンをかじるケインを見て、猫耳小僧は顔をしかめた。
「仕方ない奴だニャ。俺も一緒に行くニャよ」
「えっ、本当に?」
「だって、お前はそのうち家族になるかも……」
後半は口ごもっていて聞こえず、ケインは怪訝な表情で顔を近づける。
「えっ? 何だって?」
「何でもないニャ! とにかく、俺も手伝うって言ってるニャ!」
「そうか! 僕は嬉しいよ! やっぱりお前は親友だな!」
そんなことを言いながら、抱きついてくるケイン。
一方、猫耳小僧は仕方なくされるがままだ。ふと、彼の頭にある考えが浮かぶ。
こいつ、家族にも壁を作ってるのに、俺にだけはグイグイ来るニャよ。
お嬢とくっついたら、お嬢にも抱きついていくのかニャ。
人前でも平気でベタベタするのかニャ……。
猫耳小僧の妄想は続いていく。ふたりきりになるとイライザに抱きついていくケイン。しかし、イライザも負けじと投げ飛ばしていく。いつしかふたりは、レスリングを始めていた。
「恐ろしい光景だニャ」
ボソッと呟いた猫耳小僧なのであった。




