ときめき交流会
本日、ウルテミス学園では奇怪なイベントが行われていた。その名も『ウルテミスときめき交流会』である。
内容はというと、参加者たちはまず一時間ほど雑談をする。最後に、参加者の男性が皆の見守る前で気に入った女性に告白していく……というものだ。
年に一度開催され、毎回何組かのカップルが誕生している。もっとも、参加するのはほとんどが自分の見た目に自信のある者たちだ。
そのパーティーに、なぜかケインが参加させられてしまったのである。アベルが勝手に参加申込の手続きをしてしまったのだ。
「兄ちゃん! なんでそんな勝手なことすんの!」
さすがのケインも、半分は本気で怒っていた。こんなパーティーには全く興味ないし、さっさと帰りたかったのだ。
しかし、当のアベルはニコニコしている。
「文句なら、父さんとセバスチャンに言ってくれ。私は、あのふたりに頼まれたのだからな」
「はあ? 何それ?」
「あのふたりは、なんとしてもお前に彼女を見つけてほしいようなのだ。そんな訳だから、まあ頑張ってこい」
無責任なセリフに続き、今度はシーラが口を開く。
「ケインさん、ファイトですよ!」
何がファイトだ、適当なこと言うなよ……と心の中で言いながら、ケインは会場内を見回した。
みんなパーティー慣れしているのだろう。落ち着いており、にこやかな表情で語り合っている。ケインは、明らかに場違いな雰囲気だ。
仕方ない、なんかやらかせば強制退場させてくれるかもしれないぞ……と思った時、彼は意外な人物を目にした。
なんとイライザが、グラス片手にじっとこちらを睨みつけているのだ。
「えっ、なんであの人が?」
思わず呟いていた。何が目的にせよ、こうなるといよいよ強制退場に向け動き出さねばならない。ケインは、まずテーブルの上に飛び乗り踊ることにした。
しかし、テーブルに近づいていった瞬間、彼の前に現れた者がいる。
「すみませんが、あまりおかしな真似をされると困るのですよ。でないと、痛い目に遭うことになりますよ」
ケインにそう囁いたのは、黒髪の青年だ。美しい顔立ちであり、ただならぬ雰囲気を漂わせている。学園の生徒でないのは間違いない。
「あなた誰です?」
そっと尋ねたケインに、青年はフッと笑みを浮かべる。
「私はアスラン・ザラダンバー、ペペロンチーノ家に雇われし者です。今日は、このパーティーの警備を頼まれました。あなたが何かやらかしそうな雰囲気だったので、ずっとマークしておりました」
「はい? 何のことでしょうか?」
「あなたは、パーティーが始まってからずっとキョロキョロしていました。しかし、その目は女性の方を一瞬たりとも見なかった」
「だって、僕なんか誰にも相手にされませんから。こうなったら、食べて飲んで帰るだけですよ。だから、何を食べるか品定めをしていたんです」
そう言って、ケインはヘラヘラ笑った。だが、アスランの方はニコリともしない。
「いいえ、私の目には違うものが見えました。テーブルの上に飛び乗り踊ろうとしている少年の姿が、ね。私の仕事は、トラブルなくパーティーを終わらせることです。あなたにバカをやらせるのはもちろん、力ずくで無理やり引きずり出すこともしたくありません。おとなしくしていていただけませんか?」
「わかりました。おとなしくしていますよ」
ケインがそう答えると、アスランはようやく笑みを浮かべた。
「わかっていただけたようで嬉しいです。では、パーティーをお楽しみください」
言った後、アスランはすぐさま離れていった。だが、ケインはじっと彼の後ろ姿を見つめていた。
今、あの男はペペロンチーノ家に雇われし者……と言っていた。今の目配りなどから見て、かなりの腕の持ち主であることは間違いない。
先日、ペペロンチーノ姉妹はアベルにハニートラップを仕掛けてきたが、ケインの活躍(?)により失敗した。
では、あの男を呼び寄せた理由は……力ずくで来るためか?
ケインはさり気なくアスランの動きを見ていたが、隅の方でピーターやエドマンドらペペロンチーノ兄弟と、にこやかな表情で言葉を交わしていた。だが、時おり会場内に鋭い視線を向けている。何かやれば、真っ先に動くだろう。
このまま動きなしか……と思いきや、不意にピーターが動き出した。アベルのそばに行き、何やら耳元で囁いたのだ。
アベルは困惑した表情になりながら、どこかに歩いていった。その後を、音もなくついて行くのはアスランである。
ケインの表情が歪んだ。まさか、このパーティーのどさくさ紛れに仕掛けてくるとは思わなかった。これでは、マスクド・スーパー・ソロになることもできない。
ならば、この手で行く。ケインは、咄嗟に飛び上がり転倒した。
さらに、床の上を転げ回る。
「うぎゃあ! 痛い! 足が折れた! 腕も折れた! 保健室に行ってきます!」
叫んだ直後、パッと立ち上がる。すぐさま会場を飛び出していった。
皆が唖然としている中、叫んだのはイライザである。
「あの愚か者め、下手な猿芝居をして! また何かやらかす気ね!」
直後、ドレスの裾をつまみ上げ追いかけていった──
一方、アベルはひとり校舎裏に来ていた。
先ほどピーターより、校舎裏で相談したいことがあるので先に行って待っていてくれ……と言われたのだ。
「それにしても、私に相談事とはいったい何だろうか。恋の悩みだろうか? はたまた作詞作曲だろうか? それとも、空飛ぶ円盤とその家族についての目撃情報だろうか?」
ひとりで訳のわからないことを言って首を傾げるアベル。そんな彼に、そっと近づいていく者がいた。
「失礼ですが、アリティー家の次期当主、アベル・アリティーさまですな?」
不意に声をかけられ、アベルは振り返った。
そこに立っているのは、黒髪でスラリとした体型の青年だ。若く気品が感じられるが、おそらく生徒でも教師でもなさそうだ。
普通の人間なら、誰だ? と疑問に思うだろうし警戒もするだろう。しかし、アベルは違っていた。
「いかにも、私がアベル・アリティーです。で、この私にどのような相談があるのですかな?」
そんなことを言いながら、親しげな様子で近づいていったのだ。
さすがの青年も、これには意表を突かれたらしい。一瞬、ん? という表情を浮かべた。だが、すぐに己の仕事を思い出したらしい。
「そうです。あなたにお願いがあるのですよ」
「ほう、なんでしょうか?」
「この学園から、去っていただきます!」
そう言って、襲いかかろうとした時だった。
「兄ちゃん行くぞ! フライングクロスチョーップ!」
この声は、言うまでもなくケインである。どこからともなく走り寄ってきて、アベルに飛びついてきたのだ。
さらに、その後ろからは──
「こらケイン! 何をしているのですか! ときめき交流会から抜け出すとは、それでも男ですか!?」
イライザが突進してきた。さすがの青年も、この状況では何もできぬと判断したらしい。ケインに一瞥をくれると、音もなく去っていった。
ケインは、その後ろ姿を睨みつける。
「アスランさん、次は僕が相手しますよ」
呟いた時、いきなり襟首をつかまれ立たせられた。
「ケイン! あなたはわたくしの挑戦を受けない気なの!?」
イライザに吠えられ、ケインはきょとんとなっていた。
「は、はい?」
「ときめき交流会では、裏のルールがあるのです。男性が意中の女性に告白している最中、別の男性が同じ女性に告白した場合……ふたりの男性はひとりの女性を巡り、一対一の素手による決闘を行う。勝った方が、改めて告白できる。それこそが裏のルール! わたくしは、それを狙っていましたのよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが何をしようとしていたのか、僕にはさっぱりわかりませんが?」
「はあ? あなたはどこまでバカなの? あなたが参加している女性に告白する! そしたら、わたくしもその女性に告白する! そうすればあなたと決闘できたのに! くそう! くそう!」
イライザは、その場で地団駄を踏んで悔しがっている。唖然としているアベルとケイン。すると、そこに猫が近づいてきた。ニャーと鳴きながら、イライザの足に顔を擦り付けた。言うまでもなく、猫耳小僧の変身した姿だ。おそらく、ケインのために来てくれたのだろう。
イライザの表情が和らいだ。仕方ない子ね、とでも言いたげな表情でしゃがみこむと、猫の頭を撫でる。その隙に、ケインはアベルを連れ離れていった。




