燃えるセバスチャン
その日も、セバスチャンは朝から元気だった。
「坊っちゃん! あなたからは覇気というものが全く感じられません! 昨夜、私なりにその理由を分析しました! そして、答えを導き出したのです!」
いや、お前が分析なんかしなくていいから……などと思いつつ、ケインはあやふやな愛想笑いでごまかして食卓に座った。
しかし、セバスチャンはその程度で済ませてはくれなかった。
「私の導き出した答え、知りたいですよね! ね! ね! ね!」
「いや、あんまり知りたくないです」
そう答えた途端、セバスチャンの表情がみるみるうちに歪む。かと思うと、ケインから離れ部屋の隅で膝を抱え座り込んでしまったのだ。
さすがのケインも、この動きは想定していなかった。
「ええと、どうしたのですか?」
不安になり、そっと近づいてみる。と、ひとりでブツブツ言っているのだ。
「どうせいいんです。私は、難病の眠り病にかかってしまったドジでノロマでバカで病弱な男なんです。そんな男の意見など聞きたくないですよね」
ケインは思わず頭を抱えた。
先日、セバスチャンに「私はあなたを殴ります!」と言われ、隙を見て背後からのチョップで昏倒させてしまったのだ。
その場はどうにか逃れたが、後でセバスチャンに「私、なぜ気絶したのですか!?」と聞かれ、咄嗟に「いきなり僕の目の前で倒れたんですよ。あれは、難病の突発性眠り病だと思います」などと言ってごまかしたのだ。
それで収まったかと思いきや、自身が病にかかっていたという事実は(もちろんケインのでまかせだが)、セバスチャンのプライドをいたく傷つけてしまったらしい。最近は、よくいじけるようになってしまったのだ。
こうなると、ケインとしても罪悪感を覚える。第一、巨体のマッチョマンが隅で膝を抱えている風景は、はっきり言って怖い。
仕方ないので、大袈裟な表情を作り聞いてみる。
「セバスチャンさん! 僕になぜ覇気がないのか、あなたの考えを聞かせてください!」
その途端、セバスチャンは巨体に似合わぬスピードで立ち上がった。
「ほう、聞きたいですか! 仕方ないですなあ! そこまで仰るなら教えましょう!」
はっきり言って聞きたくないが、こちらも仕方ないので興味あるふりをする。
そして、セバスチャンから出てきた言葉は──
「坊っちゃん! あなたに必要なのは恋人です! あなたは今、恋をしていますか!? 学園に好きな人はいますか!?」
「いえ、いません」
即答したケインを、セバスチャンは睨みつける。
「いません、とは何事ですか!? 坊っちゃん、十代の日々は一度きりなのですぞ! 美しく輝く日々を過ごしたくはないのですか!? 燃えるような熱い恋をしたくないのですか!?」
さすがに、これ以上熱くなられても困るので、ケインはひとまず話題を合わせることにした。
「そ、そうですね。美しく輝く日々を過ごしたいですね」
「そうでしょう! それには恋が一番! 坊っちゃんも、命が真っ赤に燃え上がっていくような恋をすれば人生観が変わります! そう、フェネックが炎を浴びて蘇るがごとく、坊っちゃんの覇気も炎を浴びて蘇るのです!」
いや、炎を浴びて蘇るのはフェネックじゃなくてフェニックスだから。だいたい、不死鳥は関係ねーよ……などと心中でツッコミつつ、ケインはもっともらしい顔つきでウンウンと頷いた。
だが、そこで思わぬ言葉が飛んでくる。
「しかし、ケインは最近イライザさんにえらく好かれているじゃないか。あれは脈ありだと思うぞ」
横からトマホークに匹敵するような言葉を投げてきたのは、他ならぬ兄のアベルだ。
ケインは思わず顔をしかめるが、セバスチャンはすぐに食いついた。
「なんですと!? 坊っちゃんを好いている女子がいる!? 坊っちゃん、なぜそれを早く言ってくれないのですか!?」
迫ってきたセバスチャンに、ケインはヘラヘラ笑いながら答える。
「いや、あの人は、その……何ていうか、特別な人なんですよ」
「なんですと!? 特別な人!? つまり、坊っちゃんにとって特別な女性ということですね!?」
マズい。恐ろしい勘違いをしている……ケインは、必死で頭をフル回転させた。
「あの、特別というか……その、特殊な人なんですよ。なにせ、盗賊団をひとりで叩きのめして憲兵に引き渡し、表彰されるような人です」
そんなことを言いながら、ケインはちらりとエマの方を見る。助けてくれ、という視線を送ったつもりだったが、今日の彼女は止める気がないらしい。それどころか、聞き耳を立てているような節すら感じさせる。
「と、盗賊団をひとりで叩きのめしたですと!? それは本当ですか!?」
聞き返してきたセバスチャンに、アベルが横から答える。
「ああ、本当だよ。イライザさんは美人だが、腕っぷしも恐ろしく強い。私など、到底敵わない女傑だ」
「おおお……なんと素晴らしい。坊っちゃん、今のあなたに必要なのは、そのイライザさまです!」
「い、いや、僕に恋愛などまだ早いです。では、食事にしましょう」
そう言って話題を変えようとしたケインだったが、今度は父のレオンまでもが食いついてきた。
「ちょっと待て。アベル、本当か? このケインが、グレイス家のお嬢さんに好かれているというのか?」
当のケインを無視し、アベルに尋ねる……恐ろしく失礼な話だが、それが家におけるケインのポジションである。
対するアベルの答えが、セバスチャンの勘違いの炎に、さらなる薪をくべる結果となった。
「あれは間違いなく好かれていますね。この前などは、腕をつかまれたり追いかけっこをしたりしていました。傍から見れば、ふたりはもう付き合っていると思われても仕方ないですね」
「いや、それは誤解でして……」
ケインが慌てて口を挟むが、そこでプルプル震え出したのはセバスチャンだ。
「坊っちゃん……どういうことですか!? あなたは、イライザさまとお付き合いしているのですか!?」
「いえ、付き合ってないです。誤解です。あの人はですね、恐ろしい勘違いをしているのですよ」
「勘違い!? どういうことですか!?」
「あのですね、イライザさんは僕がめちゃくちゃ強いと勘違いされているのですよ。で、僕の正体を暴いてやる、と意気込んでおりまして……腕をつかんできたのも、そういう理由です。僕はめちゃくちゃ弱いのに、なんでそんな勘違いしたんでしょうか。ハハハ」
そう言って笑いながら周りを見回すと、皆の目がこちらを向いていた。普段は軽蔑の眼差しでしか見ない召使いたちまでもが、今日ばかりは好奇の目で見ている。
すると、セバスチャンが顔を近づけてきた。
「なるほど……イライザさまは、坊っちゃんが強いと勘違いし追い回しているのですね?」
「ま、まあ、そんなところです。僕が弱いとわかれば、すぐにいなくなりますよ」
「駄目です。その勘違いしている今がチャンスですぞ」
「はい? 何のチャンスですか?」
「実際に強くなって、その誤解を真実に変えてしまえばよいのです! 坊っちゃん、帰ってきたら特訓です! いいですね!?」
「特訓! なんでそうなるんですか!」
言いながら、ケインはエマに視線を送る。助けてくれ、のサインだったが、彼女は素知らぬ顔である。心なしか、肩が震えているような気がした。
「いいですね! 今日から私と共に特訓です! そして実際に強くなれば、イライザさまはあなたに夢中になります! そうなれば、あなたは逞しくなり奇行種だの出がらしだのといった汚名を挽回できます! さらに恋もできる! これぞ一石二刀流!」
いや、汚名は挽回しなくていいから。だいたい一石二刀流って何だよ。意味わかんねーよ……などと心の中でツッコミつつも、下手に断ってさっきのようにイジケられたら困る。
仕方なく、ケインは頷いた。
「わかりました。では、そろそろ朝食にしましょう。遅刻します」




