ペペロンチーノ兄弟姉妹
「ケイン、もうちょっと近くに来なさい」
言いながら、手招きするのはイライザだ。ケインは、困った表情で足を止めた。
「は、はい? ええと、何の用でしょうか?」
「決まっているでしょう。あなたと、仲良く語り合いたいだけです」
そんなことを言ってはいるが、イライザの体からは闘気が漂っている。今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
周囲の生徒達は「うわ、こいつら朝からヤベーよ」とヒソヒソ語り合いながら、横を通っていく。そう、誰もが気づいていた。イライザは朝から戦闘モードなのである。思いはひとつ、ケインの化けの皮を剥ぐ。そして、彼の真の実力を満天下に晒す、それだけなのだ。
しかし、イライザの闘気に全く気づかぬ者もいた。
「まあ! イライザさんたら、相変わらず大胆ですね!」
言ったのはシーラだ。相変わらず大胆、などと人のことを言っているが、彼女の頭は相変わらずのお花畑である。
さらに、シーラの矛先はケインにも向けられた。
「ケインさん! 女性にこんなことを言わせたままでいいのですか!?」
「は、はい?」
困惑し聞き返すケインに、シーラは真剣な表情で迫る。
「あなたは、私の心の友であるイライザさんのことをどう思っているのですか? イライザさんの気持ちに応えるつもりはあるのですか?」
「そうです! わたくしの気持ちに応えなさい!」
イライザも吠えた。
いや、君たちの言っていることは違う方向を向いているから! とツッコミたい気持ちを抑えつつ、ケインはバカのふりをして答える。
「えっ? キモチって何ですか? 東方にはアンコロ餅というお菓子があるそうですが、その一種ですか?」
「ハッハッハ、ケインは相変わらず愉快な奴だな。気持ちというのはだな──」
アベルが説明しようとした時だった。突然、彼のそばにふたりの女学生が近づいていく。
「おや、あなたがアベルさんね?」
「噂通りの美男子だわ!」
言いながら、アベルにすり寄っていったのは……どちらも美しい女子であった。片方は艶のある黒髪、もう片方は輝くような金髪だ。どちらも肌の色は白く、整った顔立ちをしている。
「えっと、あの、あなた達はどちらさまでしょうか?」
怪訝な表情でアベルが尋ねると、まず黒髪の方が礼儀正しくお辞儀をした。
「わたくしは、スーザン・ペペロンチーノですわ」
次いで、金髪の方も礼をする。
「わたくしは、ルーシー・ペペロンチーノ」
「おや、ペペロンチーノということは……あのペペロンチーノ伯爵家のご令嬢ですね」
言ったのはケインだ。音もなく移動し、兄の前に立っていた。
すると、ペペロンチーノ姉妹の表情が微かに変化する。先ほどまでの柔和な顔つきから、冷酷なものへと……だが、それは一瞬であった。すぐに元に戻る。
「あら、あなたは確か……アベルさんの弟、ケインさんだったわね」
「そうそう、前々からお噂は聞いていましたわ」
言い合う姉妹に、ケインはヘラヘラ笑いながら尋ねる。
「えっ、僕の噂ですか? どんな噂ですか?」
「決まってますわ。それはもちろん……」
「奇行種!」
姉妹の言葉に、ケインは笑いながら頭を掻く。だが、頭の中では冷静に考えを巡らせていた。アベルは仮にもレッドカードが出されている身だ。そんな彼と仲良くしたがるとなると、普通の生徒とは思えない。これは、闇の生徒会の仕掛けてきた罠の可能性もある。
しかし、ケインはそんなことはおくびにも出さない。
「キコウシュとは何でしょうか? お酒か何かでしょうか? 僕、まだお酒飲めないんですよ」
その言葉に、姉妹は顔を見合わせ笑う。
「まあ、噂通りの奇行種だわ!」
「ホントホント、奇行種奇行種!」
そんなことを言っている姉妹を、ジロリと睨みつけたイライザである。
「あなたたち、失礼だと思わないの?」
イライザの言葉に、姉妹はきょとんとしたさま子で顔を見合わせた。
「お姉さま、怖い」
「本当に怖いわ……」
怯えた表情で言い合う姉妹。だが、ケインにはわかっていた。このふたり、あざとい演技が身についている。
そして、イライザはそんな演技に怯むほど甘くはなかった。
「あのね、陰で奇行種だの出がらしだの言うのは自由。しかし、それを本人の前で口にしたら戦争なのよ。殴られても文句が言えないわ。おわかり?」
いや、あんたも僕に向かって奇行種だの出がらしだの言ってたけど。そもそも、この姉妹は出がらしとは言ってないけど? と心の中でツッコミを入れるケインだったが、そこに乱入してきた者がいる。
「スーザンにルーシー、どうしたんだい?」
言いながら現れたのは、黒髪で背の高い青年と、金髪で綺麗な顔の少年の二人組であった。
ケインは、この二人組のことも知っている。
「おや、あなたたちは……確か、ピーター・ペペロンチーノさんとエドマンド・ペペロンチーノさんでしたね」
そう、彼らもペペロンチーノ伯爵家の人間である。ペペロンチーノ家の兄弟姉妹が、ここに勢ぞろいしたわけだ。
「いかにも、僕はピーター・ペペロンチーノです」
「そして僕が、エドマンド・ペペロンチーノです。今後、お見知りおきを」
そんなことを言いながら、ふたりは深々と礼をした。
すると、イライザの矛先はふたりへと向かう。
「あなたたち、このふたりの家族? なら、しつけくらいきっちりとしてはどうかしら?」
「はて? 何のことですか?」
尋ねるピーターに、イライザは恐ろしい形相で迫っていく。
「そちらのスーザンさんとルーシーさんが、ここにいるケインを奇行種だの出がらしだのとバカにしたのですよ!」
言いながら、ピーターにグイグイと顔を近づけていく。そのさまは、因縁をつけるチンピラそのものだ。
これはマズいと思ったケインは、すかさずふたりの間に割って入る。
「イライザさん、だったら鬼ごっこしましょう! 僕に追いつけたら、言うこと何でも聞きますよ! ほら!」
そう言うと、ケインは走り出す。
イライザは最初ポカンとなっていたが、逃げるケインの後ろ姿に狩猟本能をかきたてられたのだろうか。
「待ちなさい! この奇行種がぁ!」
スーザンとルーシーに向かい、さんざん失礼だの何だの言っていた単語を大声で吐きながら、イライザはケインの後を走っていく。
その後を、アベルとシーラは笑いながら追いかけていった。
一方、残されたペペロンチーノ家の兄弟姉妹は冷たい瞳で四人の後ろ姿を見つめる。
「レッドカードを出されたというのに、あんなにお気楽でいられるとは……呆れた連中だな」
ピーターの言葉に、エドマンドが頷いた。
「兄さん、あんな連中なら明日にでも捻り潰せるんじゃないのかな?」
「いいえ。彼らは、ヨハネやシモンのことを退けているわ。油断は禁物よ」
言ったのはスーザンだ。次いで、ルーシーが口を開く。
「まあ、あのアベルって男はチョロいね。落とすのは簡単だよ」
「しかし、あの弟は何なんだ? 奇行種だの出がらしだのと言われているようだが、どうにも引っかかるな。ただのバカに見えるが、バカのふりをしているようにも見える」
そんなことを言いつつ、ピーターは首を傾げた。すると、エドマンドがニッコリ微笑む。
「念のため、アスラン呼んどく?」
「そうだな」
その後、ケインは真面目に授業を受けていたが、頭にあるのはペペロンチーノ家の兄弟姉妹のことだ。
奴らは、闇の生徒会なのか。それとも、単にレッドカードを出された連中が何者なのか、ちょっと見てみよう……というノリで接触してきたのか。
どうにも解せん、と思ってきた時だった。ふと、どこからか視線を感じた。見れば、イライザがじっと睨んでいる。まだ、ケインの正体を探ろうとしているのか。あるいは個人的な恨みだろうか。
困ったお嬢さまだ。こうなれば、ちょっと痛い目を見せてやろう。ケインは、強烈な変顔をして見せる。
途端に、イライザは笑い出した。そう、実は彼女も、シーラに負けず劣らず笑いの沸点が低いのだ。
「ブワッハッハッハ!」
その後、イライザが叱られたことは言うまでない。これで、少しはおとなしくなってくれるだろう。
だが、ケインは甘かった。その行為が原因で、イライザはさらに激しく闘志を燃やしてしまったのである。
「おのれケイン、わたくしをバカにして! 絶対に正体を暴いてやるわ!」




