イライザと猫耳小僧の悩み
「わたくし、今日も美しいわ。ああ、まるで地上に舞い降りた女神アマゾネスのようですわ……」
夜、屋敷の自室にて、鏡に映った自分の姿を見てうっとりしているイライザ。タンクトップと短パン姿であり、筋肉量は令嬢らしからぬものだ。
猫耳小僧はというと、そのすぐ横で『月間マタタビシガー』なる冊子を見ている。妖魔のみに配られるものであり、各種マタタビシガーの味わいや香りについて識者が語っているのだ。
「わたくし、こんなに美しいのに、なぜアベルさまはわたくしを見てくださらないのかしら」
そう言うと、イライザは横にいる猫耳小僧の頭を小突いた。
「痛いニャ。何するニャ」
「猫耳小僧、あなたに聞きたいことがあります。正直に言って、わたくしとシーラとどっちが綺麗? 忖度のない意見を言いなさい」
そんなことを言いながら、イライザはポーズを決める……が、なぜか両腕の上腕二頭筋を盛り上げる姿勢であった。二の腕には、瘤のような筋肉が盛り上がっている。
街のチンピラ程度なら、このポーズを見せるだけで逃げていくだろう。
「う、うん、それはお嬢の方が上だニャ……」
筋肉が、という言葉はそっと濁した。だが、イライザは大喜びだ。根が素直なため、ピョンピョン飛び跳ねる。
「でしょでしょ! なんでわたくしが、あのようなシーラごときの後塵を拝しないといけないのかしら」
「アベルとシーラは、お似合いニャよ。どっちも頭お花畑だしラブラブだし、ちょうどいいコンビなんじゃないかニャ」
そんなことを言った猫耳小僧を、イライザはジロリと睨みつける。
「あなた、なんてことを言うの!? わたくしがシーラと友達でいるのは、あの女に略奪される苦しみと悲しみを味わわせてやるためなのよ! 親友と信じていたわたくしに裏切られる、このシナリオのために心の友のふりをしているの!」
「だったら、いっそ弟のケインに鞍替えしたらどうかニャ? あいつも一応は貴族だし、押しには弱いタイプだと思うニャ。グイグイいけば、落ちるかもしれないニャよ」
猫耳小僧は、適当に言ったつもりだった。どうせ「フン、あんな奇行種の出がらしをなんで落とさなきゃならないの」と、冷静な表情で一蹴されるかと思っていた。
だが、イライザの反応は違っていた。
「はあ!? ケインですって!? はあ!? ケインと言ったの!? はあ!? なぜわたくしがケインを!?」
尋常でない勢いで言ったかと思うと、イライザはその場で地団駄を踏み始める。
「なんでわたくしが、あんな奇行種の出がらしと付き合わねばならないの!? まさか、わたくしがあの男を好きだとでも言いたいの!? バカも休み休み言いなさい!」
休み休み言ってどうするのニャ? などと思いつつも、猫耳小僧はどうにか答える。
「べ、別に好きだとは言ってないニャよ。ただ、お嬢は前に言ってたニャ。あいつは無茶苦茶強いかもしれないって……」
「た、確かにそうよ。あいつは、わたくしの読みでは恐ろしい強さを秘めているはず。そんな男と、もし仮に付き合ったら?」
イライザはそこで無言のまま固まっていた。頭の中で、妄想の世界が広がっているようだ。しかも、その頬は赤い。猫耳小僧は、彼女を心配そうに見つめている。
だが、イライザはすぐに顔を上げた。
「ない! ありえない! 断じてない! あってはならない!」
訳のわからないことを叫んだかと思うと、イライザは拳を握りしめた。
直後、気合とともに室内設置タイプの巻藁を突き始める──
「セイ! セイ!」
その声は、いつもより凄まじい。威力もまた、普段より上のようだ。
猫耳小僧はというと、フゥと溜息を吐いた。
「これは、満更でもなさそうだニャ。恋する気持ちが、お嬢にパワーを与えているニャよ。しかし、恐ろしいカップルだニャ。このふたりがくっついたら、小さな国くらいなら簡単に制圧できそうだニャ」
そこから、猫耳小僧はふたりが結婚した時のことを想像する。タキシード姿のケインと、ウェディングドレスを着たイライザ……のはずが、なぜかどちらもタンクトップ姿で筋肉を誇示したポーズを取ったまま牧師の前に立っていた。指にはめているのは、金のマリッジリングではなく金のマリッジメリケンサックである。
猫耳小僧は顔をしかめたが、めでたい席だ。それくらいは許そう。
「その時は、やっと俺も肩の荷が下りるニャ。さすがに、子供ができたらふたりともおとなしくなるだろうニャ」
だが、猫耳小僧の想像は恐ろしい方向にエスカレートしていくのだった──
◆◆◆
「さあ坊や、今日も特訓よ」
母となったイライザが、立ったばかりの赤ん坊に巻藁を突かせている。
赤ん坊は、楽しそうに笑いながら小さな手で巻藁に正拳を打ち込んでいる。
そのさま子を、イライザはうっとりした表情で見つめていた。
「我がグレイス家に代々伝わりし武術・牙突猛進撃滅拳……あなたも習得するのよ」
そこで登場したのはケインだ。
「おっ、相変わらずやってるな! よし、次は父さんと筋トレだ! いくぞ!」
そんなことを言いながら、立ったばかりの赤ん坊に岩を担いでのスクワットをやらせるケイン。
「ハッハッハ! 筋トレは楽しいなあ!」
「楽しいわねえ! あなた!」
ふたりのトレーニングは、さらにエスカレートしていく。しかし、当の赤ん坊は楽しそうな顔でこなしていった……。
◆◆◆
そこで猫耳小僧の妄想は終わった。あまりのおぞましさに、頭を大きく震わせる。
「いくらなんでも、こんなことありえないニャ。あいつらも、そこまでバカじゃないニャ」
ひとりで呟くが、すぐそばではイライザが巻藁を突いている。
「いや、やりかねないニャ。ケインとお嬢が夫婦になったら、子供にとんでもないトレーニングさせそうだニャ」
その声に反応し、イライザは手を止める。
「何? どうかしたの?」
「いや、何でもないニャ。何でもないニャよ……」
適当に誤魔化しながらも、猫耳小僧は新たな決意を固めていた。
翌日の昼休み、猫耳小僧はいつものように屋根の上でアンチョビサンドを食べていた。すると、いつもの通り隣にケインが座る。
「よう猫耳小僧。昨日は大変だったよ。セバスチャンっていう教育係に殴られそうになってさ」
呑気な口調で言ったケインを、猫耳小僧はじっと見つめる。
「な、なんだよ? もしかして、僕に惚れちゃったとか?」
さらに軽口を叩くケインを見て、猫耳小僧はフゥと溜息を吐いた。
「お前、子育てとかに興味はあるかニャ? 将来、子供をどう育てるとか考えたことはあるかニャ?」
「そんなもん、あるわけないだろ。子供もいないのにさ」
「思った通りだニャ。お前は、戦い以外のことに関しては駄目人間だニャ」
「おいおい、唐突に訳のわかんないこと言うなよ。どうしたんだ?」
「何でもないニャ。何でもニャい」
そんなことを言いながらも、猫耳小僧は心にはっきりと刻み込んでいた。
もし万が一、ケインとイライザが結婚するようなことがあったら……自分がそばについていて、キチンと子育てを手伝おう。
そして、まともな人間に育てよう。
◆◆◆◆
その頃、校舎のとある部屋では……五悪神が久しぶりに揃い会合をしていた。
「アーリマンよ、例のふたりを放っておく気か?」
「そう急かすな、セト。そろそろ奴らには、レッドカードの恐ろしさを思い知らせてやらんとな……とは思っていた」
「では、そろそろ奴らを行かせるか」
「ロキ、奴らとは誰?」
「ペペロンチーノ兄弟だ。あいつらなら、間違いなくやってくれる。エリス、君はワインでも飲みながら、アベルとシーラがもがき苦しむさまを見ていればいい」




