殺人闘球
その夜、ケインはとある場所へと向かっていた。頭には黒いバンダナを巻き、目には黒いアイマスク……そう、彼はマスクド・スーパー・ソロとして闘いの場に臨むのである。
今日、隣に猫耳小僧はいない。彼は今、本来の主人であるイライザの横にいるはずだ。
まあ、いい。相手が何者かは既にわかっている。後は、きっちりケリをつけるだけだ。
相手の指定してきた場所は、人気の全くない草原であった。月の光に照らされた先には、三人の男が立っていた。うちふたりは、ドッグマン兄弟だ。
もうひとりは、異さまな風体の男であった。スキンヘッドであり、目には黒眼鏡をかけている。タンクトップを着た上半身は逞しい筋肉に覆われており、しかも左手はゴツい義手だ。鋼の爪が三本付いており、どういう仕組みなのかガチャガチャ音を立てて動いている。
そのスキンヘッドが、ケインに向かい口を開く。
「お前がマスクド・スーパー・ソロか。俺は、バイパー・プレスケンだ。闇ギルドの掟により、この勝負の見届け人を務めさせてもらうこととなった」
「そうですか。それはまた、ご苦労さまなことです」
ケインはふざけた口調で言った後、大袈裟な態度で深々と礼をした。すると、兄弟たちは表情を変える。
「ふざけた野郎だなあ。だが、覚えておけ。俺はホーク・ドッグマン。お前を今日、打ち倒して闇ギルドに勇名を刻む男だ」
片方の男が言った。こちらも背は高くガッチリした体格だが、隣にいる巨漢に比べるとさすがに見劣りしていた。
そして、次は巨漢が口を開く。
「俺はムーン・ドッグマンだ。約束を守ってくれてありがたいぜ。お前には、悪いが死んでもらうぜ。そうすれば、俺達は一躍有名人なんでな」
「なるほど……そんなくだらない目的のために、僕はわざわざ呼び出されたわけですか。わかりました。では、おふたりさん。いつでも来なさい」
そう言うと、ケインはくいっくいっと手招きした。
ホークとムーンは、顔を見合わせた。その顔に、笑みが浮かぶ。やれやれ、という苦笑だ。
「大した自信だな。俺達ふたりを相手にして、それで勝てる気なのか?」
ホークが聞いたが、ケインはすぐに頷く。
「そうですよ。時間には限りがあります。さっさと始めましょう」
「そうかい。なら、遠慮なく行かせてもらうぞ」
吠えた直後、白球が凄まじいスピードでケインに襲いかかる──
ケインは、さっと横方向に飛んで躱した。だが、またしても次の球が飛んでくる。
こうなると躱しきれない。ケインは、咄嗟に回し受けで払い落とした。
その時、恐ろしい勢いで走ってきたのはムーンだ。巨体に似合わず、足も速い。突進してきたかと思うと、鉄棒をブンと振り回す。
ケインは、バックステップで躱した。しかし、そこにまたしても白球が飛んでくる。精密なコントロールで、ムーンの巨体を避けてケインへと迫る。
さすがに躱しきれず、ケインの腹にまともに炸裂した。思わず呻く。
そこで襲うのは、ムーンの棒だ。咄嗟に両手でガードしつつ、後方に飛んでダメージを最小限にする……しかし、ムーンの鉄棒の威力は尋常ではなかった。馬に蹴られたような衝撃である。まともに食っていれば、両腕はへし折れていただろう。
その時、バイパーの脱力しきった声が飛んできた。
「おーいソロ、どうすんだ? 負けを認めれば、俺が介入してここで終わりにしてやるぞ」
「いえいえ、まだこれからですよ」
そう言って、ケインは不敵な笑みを浮かべる。ここまでの強敵と闘うのは久しぶりだ。
ケインは、相手の圧倒的な強さをはっきりと理解していた。さらに、自分が負けるかもしれない事実をも悟る。とことんまでやり合えば、待っているのは死であろう。
同時に、ゾクゾクするような嬉しさをも感じていた。そう、自分はこんな闘いがしたかったのだ。これは今までのような、勝って当たり前の闘いではない。
勝つか負けるかわからない。だからこそ必死になる。その必死になった時に生まれる快感……恐らく、普通の人間には生涯味わうことのない感覚であろう。しかし、ケインは今、久しぶりにその快感を味わっていたのだ。
「ならば殺すまでよ! いくぞオラァ!」
吠えた直後、突進してきたムーン。ケインは、あえて避けずに正面から迎え討つ。
ムーンは、またしても鉄棒を振り上げた。上段から、一気に打ち下ろす。まともに食らえば、牛や馬の頭ですら一撃で砕いてしまうだろう。
しかし、ケインは紙一重の差で躱した。と同時に、ケインは叫ぶ。
「いきますよ! こっからが本番です!」
ムーンの棒が地面を叩いた、ほんの僅かな瞬間……ケインは飛んだ。ムーンの顔面に、飛び膝蹴りが命中する。
さすがのタフなムーンといえど、この一撃はたまらない。鼻血と歯の欠片を吹き出す。
しかし、ケインの狙いはそこではなかった。瞬時にムーンの体の上に立ち、踏み台代わりにして一気に飛ぶ──
「クソ! 俺を踏み台にしやがったのか!」
吠えるムーンを尻目に、ケインは空中を舞った。しかし、そこに飛んできたのはホークの白球だ。
「弟を踏み台にするとは考えたな! だが、空中では俺の球を躱せまい!」
矢のような速さで飛んできた球は、ケインの腹を抉る……かに見えた。
しかし、ケインは計算外の動きを見せる。なんと、飛んできた豪速球を両足で受けたのだ。素手で受けようとしたら、間違いなく両手の指が粉々に砕けていただろう。だが、ケインは靴を履いた両足で器用にキャッチしてしまったのだ。
「バ、バカな!? 俺の球を両足でキャッチしたのか!?」
叫んだホークだったが、その間にもケインは動き続けている。空中から落下しながら、ケインは球を手にした。
着地と同時に、一気に投げ返す──
「うぐぅおぉ!」
呻き声と共に、ホークは悶絶していた。ケインの投げる球もまた、稲妻のような速さである。その超速球をまともに腹に受けてしまったのだ。
ホークは倒れ、ピクピク痙攣している──
「あ、兄者!」
ムーンは、慌てて駆け寄ろうとする。だが、それは高すぎる過ちであった。がら空きになった後頭部めがけ、ケインの飛び回し蹴りが炸裂する。
弟の巨体は、音を立てて崩れ落ちた……。
「さあて、僕の勝ちのようですね。久しぶりに、楽しめる闘いでしたよ。ただ、あなた方には聞きたいことがあります」
そう言うと、ケインは悶絶しているホークを力任せに引き起こす。
「さて、吐いてもらいましょうか。ウルテミス学園の五悪神が何者なのか、全員の名前を言ってください。でないと、骨折程度では済ませませんよ」
「ま、待ってくれ……俺は、うぐぅ! そ、そんな連中など知らん!」
呻き声をあげながらも答えたホークを、ケインは睨みつける。
「とぼけると、あなたの背骨をへし折りますよ」
言いながら、ケインの手が背中へと伸びる。
「かつて、東方の戦士テツはアンマという技を使いこなし、背骨をへし折るのが得意だったと聞きます。あなたにも、同じ技をかけてあげましょうか?」
直後、ケインの指が背骨に触れた。人間離れした指の力で、徐々にずらしにかかる──
「うぎゃあぁぁ!」
叫んだホーク。その時、ムーンが息を吹き返した。
「やめろ! 兄者に触るな!」
吠えながら、つかみかかってきた。しかし、素手での闘いでは、ケインの敵ではない。あっさりとムーンの手を躱すと、左フックを顎に叩き込む。
ムーンは、その一撃で再び崩れ落ちた。顎への打撃が脳震盪を起こし、意識を失ってしまったのだ。
その時、横から口を挟んできたのはバイパーだ。
「ようソロ、そいつらウルテミスの五悪神とは関係ないぜ」
「はい? なぜ、あなたがそんなことを言い切れるのです?」
言いながら、バイパーを睨むケイン。しかし、バイパーも怯まなかった。
「そいつらは、殺し屋としちゃまだまだ新人の部類でな、名前を売るためにお前に喧嘩を売ったってわけだ。五悪神とは、何の関係もない。だから、そのへんにしといてくれんかね?」
「嫌だと言ったら?」
「そん時は、俺が……ひいては、闇ギルドがお前の敵に回る。さて、どうする?」
そこで、バイパーはニヤリと笑った。だが、左の義手に付いた鉤爪が、ガチャリと不気味な音を立てる。
ケインもまた、笑みを浮かべた。
「面白い……と言いたいところですが、今回はこのくらいで終わらせますよ。見た感じ、本当に知らなさそうですからね。では、そろそろ失礼します」
そう言うと、ケインは深々とお辞儀をして去って行った。
その背中に、バイパーが声をかける。
「マスクド・スーパー・ソロ! お前は面白いな! また会おうぜ!」
その声に、ケインは背中越しに手を上げ応えた。




