イライザの追及
巨漢は、しばらくマスクド・スーパー・ソロを睨みつけていた。だが、やがて棒を下ろす。
「いいだろう。だがな、期限は一週間だ。それを過ぎたら、今度こそ容赦しねえ。そこのお嬢ちゃんも、ケガじゃ済まねえぜ。じゃあな」
そう言うと、巨漢は引き上げていった。
すると、何を思ったかイライザが手を伸ばしてきた。ソロことケインの肩に触れる。
直後、表情が一変した。
「ん!? この感触!? あなた、ケインね!?」
「はい? 何を言っているのですか? 僕はマスクド・スーパー・ソロ。ケインなどという名前ではありませんよ」
答えると同時に、パッと離れるケイン。これはマズい。イライザはただの脳筋かと思っていたのだが、恐ろしく勘が鋭い。
このままでは気づかれる。いや、もう既に気づかれ、疑われているのだ。しらを切り、誤魔化し抜かねばならない。
ケインは、そのまま走り出した。あっという間に、イライザの視界から消え去る。
「待ちなさい! あなた、ケインでしょう!?」
イライザは後を追おうとするが、それを引き止めたのはシーラだ。
「イライザさん……私、怖かったぁ!」
泣きながら縋りついてきたシーラを、無下に突き放すこともできない。イライザは、仕方なく慰めることにした。
「大丈夫。わたくしは、さらなる特訓をして、もっともっと強くなります。今度、あのような者が来ても負けないくらいにね。だから安心なさい」
「イライザさん、やっぱりあなたは心の友ですわ」
そんなことを言ってくるシーラに引きつった笑みで頷くと、イライザはソロの消えた方向を睨みつける。
心の中では、密かな誓いを立てていた。
いつか、奴の化けの皮を剥いでやりますわ。
その後、シーラとイライザは学園の門をくぐったが、待っていたのはアベルだけだった。
「アベルさま! 私、怖かったですぅ!」
途端に、アベルに抱きついていくシーラ。普段ならば、それを苦々しい目で見ているイライザであったが、今回は違っていた。
「アベルさん、聞きたいことがあります。今、ケインさんはどちらに?」
「ケイン? あいつなら、道で猫を見つけ追いかけていったよ。あいつは、大の猫好きなんだ」
「おや、あの人は猫好きなのですか?」
念を押すと、アベルは困った表情で答える。
「うむ、そうなのだ。昔から、猫を見かけると追いかけていく。困ったものだよ」
「なるほど。前回も、猫が校舎をうろついていた。そして、今日もまたタイミングよく彼の前に猫が現れた。これは、どういうことなんでしょうね……」
イライザが呟いた時だった。そこにひょっこり現れたのはケインだ。当然、ソロの変装は解いていた。ヘラヘラ笑いながら、皆に挨拶する。
「やあやあ、先ほどは猫ちゃんに誘われ、危うくカロンが守る冥府の川を渡りかけましたよ」
「おや、どうかしたのか?」
真顔で尋ねたアベルに、ケインも真面目な顔で答える。
「いえね、猫ちゃんの後を追っかけていったら、馬車に引かれそうになったよ。このまま馬車に引かれていたら、僕も異世界に転生できていたのかなあ?」
そんなバカなことを言った弟を、アベルは笑いながら小突いた。
「できるわけないだろう。まったく、お前はドジだなあ、ハッハッハ」
「うん、僕はドジなんだよ兄ちゃん。ハッハッハ」
笑いながら、ケインはそっとイライザの顔を横目で見る。途端に、すぐ目を逸らした。
彼女は、海賊のボスのごとき形相で、ケインを睨みつけているではないか。マズいと思い、すぐにその場を離れようとした。だが、イライザが鋭い声を発する。
「ケイン! 待ちなさい!」
言われたケインは、ビクンとなって立ち止まった。
「な、何でしょうか?」
「先ほど、わたくしとシーラさんは刺客に襲われました。熊のような体格の大男で、手には棒を持っておりました。手合わせしましたが、恐ろしく強かったです。長引けば、わたくしも倒されていたでしょう」
そこで、アベルが口を挟む。
「それは大変だ! シーラさん、ケガはなかったのかい!?」
「ええ、大丈夫ですわ。私、イライザさんに守っていただきましたから」
「それは良かった。シーラさんに何かあれば、私は生きていられない」
「まあ、アベルさんたら……」
バカップルがイチャつき出したが、イライザはそちらを完全に無視しケインを睨みつけている。
「そこに現れたのが、マスクド・スーパー・ソロなる怪人です。怪人の放つ闘気は凄まじいものでした。刺客も圧倒されていましたよ」
「は、はあ、そうですか。よほど強いんですね、その何とかいう怪人は。ハハハ」
ケインは笑って誤魔化そうとしたが、イライザの話は終わらない。
「そのソロという男が、刺客を下がらせたのですよ。しかし、ソロの体つきは……ある人物に似ていました。そう、あなたに似ていたのですよ、ケイン」
そう言うと、イライザはビシッとケインを指さす。
「ケイン・アリティー。あなたの目的はわかりません。しかし、あなたが刺客をも怯ませるほどの強さを持つ闘士であることは間違いありません。さあ、認めなさい! 自分が強いということを!」
「いや、それは思い違いですから。僕は弱いですよ。ねえ兄ちゃん」
ケインに振られたアベルは、ウンウンと頷いた。
「そうなんだよ。ケインは、本当に弱いんだ。この前も、教育係のセバスチャンに追い回され、泣きながら走ってたよ」
「そうそう、僕は弱いんです」
そう言って、さっさと終わらせようとするケイン。だが、イライザはその程度で引き下がるほど甘くなかった。
いきなり近づくと、ケインの服をつかむ。
「ならば、今すぐこの場でシャツを脱いで見せなさい!」
「は、はあ!? なんでですか!?」
慌てふためくケインだったが、イライザはさらに両手でケインの服をつかんだ。
「さあ、今すぐここで脱ぐのです! あなたのその鍛え抜かれた肉体を、生徒達の前に晒して見せなさい! そうなれば、言い訳などできませんよ!」
「まあ! イライザさんてば、なんて大胆なことを!? そして、なんと積極的なの!?」
勘違いし、頬を赤くして悶えるのはシーラだ。アベルはというと、想像もしていなかった展開にオロオロしている。
そしてケインは、このままではマズいと判断し奥の手を使った。イライザに顔を近づけたかと思うと、思いきりの変顔をしたのである。そう、ケインは変顔の腕も国では一番であった。
「えっ……ブッ、ブワハハハ!」
笑い出したイライザの手から力は抜け、その隙にケインは脱出する。そのまま走り去って行った。
「お待ちなさい! クッ、また逃げられたわ……くそう! くそう!」
お嬢さまらしからぬセリフを吐き、笑いながら地団駄を踏むイライザ。周りの生徒達は「あいつには、絶対に近づかないようにしよう」と言い合いながら、彼女を避け歩いていった。
昼休みになると、ケインはイライザの追及を逃れて校舎裏に逃げる。
そこから屋根に上がっていくと、いつもの通り猫耳小僧が弁当を食べていた。
「よう猫耳小僧、お前んとこのお嬢さま、ちょっとしつこ過ぎるぞ。僕は弱いんだって言っといてくれよ」
ケインが愚痴ると、猫耳小僧はフンと鼻を鳴らした。
「だったら、お前が自分で言えばいいニャよ」
「言ったよ。でも、信じてくれないんだ」
「お嬢はアホだけど、強い奴を見抜く目はあるからニャ。だいたい、なんで強いことを隠すニャ? 堂々と言ってやればいいニャよ」
「それが、そうもいかないのさ。僕の方にも事情があるからね」
「どんな事情だニャ?」
「そのうち教えるよ。今はただ、ある人との約束……としか言えない」
「もったいぶりやがって、おかしな奴だニャ。ま、お前にも事情があるんだろうから、これ以上は聞かないニャよ」
そう言うと、猫耳小僧はパイプをくわえた。火をつけると、うまそうに吸い込む。
「フニャー、美味いニャ。それにしても、お前もいろいろ面倒なことを引きずって生きてるようだニャ」
「そうなんだよ」




