ドッグマン弟の襲撃
「坊っちゃん! あなたには情熱というものが欠片ほども感じられない! あなたは何を目的にして生きているのですか!?」
セバスチャンの、朝からの暑苦しい問いかけに、ケインは顔を引きつらせつつも答える。
「そうですね、今日を無事に生き抜く……でしょうか?」
途端に、セバスチャンの表情が変わる。
「何ですかそれは! 坊っちゃん、人生は重い荷物を背負って下り坂を転がり落ちるがごとし! わかりますか!?」
全くわからないが、とりあえずは頷いておこう。でないと、さらに話が長くなる。
「そ、そうですね。生きることは大変だ」
「しかし! 隣に愛する女性がいれば、見えてくる景色も変わるんです! 坊っちゃんは今、恋をしていますか!?」
「いえ、してません」
「では、まず恋をしましょう! 私はこれまで、大勢の女性にアタックしました! しかし、ことごとくフラれてきました! 理由はわかりませんが、私は百人の女性にプロポーズし断られました!」
まあ、そうだろうな。では、この男は独身か……などと思いつつ聞いていたケインだったが、本題はここからだった。
「しかし、私は負けませんでした! 百一人目の女性とデートしていた時、道を暴れ牛が走っていたのです! 私は、牛を止めるため前に出ました! だが、暴れ牛は強い! 私は敗れ、吹っ飛ばされました!」
いや、まず女性連れて逃げろよ……などと心の中でツッコミながら、ケインは黙って話を聞いていた。
「すると、女性が心配し駆けつけてきたのです! その時、私はすぐに立ち上がり叫びました! あなたへの愛がある限り、俺は絶対に死なない! と。その後、私達は結婚しました!」
なるほど。このバカを、ひとりで野放しにしておいては何をしでかすかわからない、と思わせてしまったわけか……と思いつつも、ケインはいかにも感動したような表情を作る。
「いや、素晴らしいエピソードですね」
「でしょう! ですから、坊っちゃんも恋をしてください!」
その後、登校するケインとアベルであったが、そこで恐ろしい言葉を聞かされる。
「いやあ、今朝のセバスチャンの話には感動したよ」
アベルが、真顔でそんなことを言ってきたのだ。ケインは唖然となりながらも、どうにか答える。
「えっ? あ、その……」
「あなたへの愛がある限り死なない、か。実に素敵なセリフだ。私も、そんなことを言ってみたいものだな」
やめろバカ! 牛と闘う気か!? と心でツッコミつつも、ケインはヘラヘラ笑う。
「そうだね。言ってみたいね」
言った時、目の前に一匹の猫が飛び出してきた。
ケインの表情が一変する。この猫は、猫耳小僧の変身した姿だ。わざわざここに姿を見せた、となればシーラとイライザが襲われているのだ。
それも、恐ろしく強い者に──
◆◆◆
その少し前、シーラとイライザはふたり並んで歩いていた。
「イライザさんの手は、どうしてこんなに大きいのですか?」
いきなり聞いてきたシーラ。イライザは、お前を殴る時に最大限のダメージを与えるためだよ……と言いたい気持ちをぐっと堪えつつ、にこやかな表情で答える。
「それはですね、不埒な下郎を捕らえたら離さないようにするためですわ」
「まあ、素敵! イライザさんは、悪と闘う正義の女騎士のようですね!」
ふん、そんなことを言っていられるのも今のうちよ、この天然娘が! などと思いつつも、イライザは頷いた。
「そうです。わたくし、下劣な悪党は許せませんの。悪党には、悪党なりの美学がなくてはなりません。それがなければ、ただの下郎ですわ」
「なるほど。ところで、イライザさんの思う悪党の美学とは、どんなものですか?」
シーラは、目を輝かせ聞いてきた。
こうなると、根が単純なイライザはすぐに気分がよくなってしまった。得意気な顔で語り出す。
「それはですね……ん?」
イライザの表情が一変する。向こうから、恐ろしく大きな体の男が歩いてくるのだ。縦だけでなく横にも広い体格で、右手には棒を持っている。髪は短く刈られており、その目はシーラをじっと捉えていた。
「シーラさん、前から来るデカブツに見覚えはありますか?」
念のため聞いてみると、シーラは困惑したさま子で前をちらりと見る。
途端に、怯えた表情で首を横に振った。
「いえ、全く見覚えのない人です……」
「そうですか。あなたも、面倒な連中に狙われたようですね」
言いながら、イライザは構える。
一方、巨漢はシーラの前で立ち止まった。彼女を冷たい目で見下ろしつつ口を開く。
「マスクド・スーパー・ソロはどこにいる?」
「は、はい? ますくど? 何でしょうか?」
シーラは訳がわからず聞き返すが、巨漢はさらに聞いてくる。
「とぼける気か? マスクド・スーパー・ソロはどこにいるのかと聞いているんだ。お前を痛めつければ、出てくるのか?」
その時、イライザが横から口を挟む。
「いい加減にしなさい。シーラさんに手を出すなら、わたくしが黙っていませんよ」
「なんだと?」
巨漢が、ジロリと睨みつける。イライザも背は高いが、彼は頭ひとつ以上は超えているほどの長身だ。肩幅も広く、熊のような体格の持ち主である。
しかし、イライザは怯まない。
「聞こえなかったのですか? なら、もう一度言います。シーラさんに手を出すなら、わたくしが黙っていません。今すぐ、この場から立ち去りなさい」
「いや、立ち去るのはお前の方だ。でないと、こいつでお前の腕をへし折る」
言いながら、巨漢は棒を振った。ビュン、という鋭い音が響き渡る。
その凄まじい風圧に、シーラはへなへなと崩れ落ちた。だが、イライザは手招きする。
「やれるものなら、やってみなさい。わたくし、あなたが思っているよりは強いですよ」
「上等だ! やってやろうじゃねえか!」
吠えた直後、巨漢は棒を振り上げた。だが、その瞬間にイライザは間合いを詰めていったのだ。彼女のスピードは速く、巨漢も対処できない。
イライザの高速のパンチが、巨漢の顔面に炸裂した。常人なら一撃で倒されていたはずだが、巨漢は立ったままだ。
それどころか、イライザを睨みつける。
「ふざけやがって!」
声と同時に、横殴りの一撃が飛んできた。イライザは咄嗟にしゃがみこんで躱したが、巨漢の攻撃は止まらない。次いで強烈な前蹴りが放たれ、イライザはその攻撃を避けそこねてしまった。
「うぐぅ!」
咄嗟にガードするものの、その衝撃は強烈なものだった。イライザは後方に転がっていく。だが、すぐさま立ち上がり構えた。
「クソ、女と思って甘く見たが、とんでもねえジャジャ馬だな。もう油断しねえ。本気でいくぜ」
巨漢が低い声で凄んだ時だった。突然、そこに乱入してきた者がいる。
黒いバンダナを頭に巻き、黒いアイマスクで目を覆い、さらに黒づくめの衣装……どう見ても、悪党側の人物にしか見えないであろう。
しかし、巨漢の表情が変わった。
「お、お前……マスクド・スーパー・ソロ!」
「僕に何か用ですか?」
ケインは、声音を変えて尋ねる。そう、彼は声を変えるのも得意なのだ。シーラは天然、イライザは脳筋だから気づかれないとは思うが、念のためである。
「俺達ドッグマン兄弟の挑戦を受けてもらいたい。でなければ、何度でもこのお嬢ちゃんを襲うぞ」
言いながら、巨漢が棒で指し示したのはシーラであった。
すると、その言葉に反応したのはイライザであった。
「はあ!? 上等ですわ! その時はわたくしが──」
言いながら前に出ようとするが、マスクド・スーパー・ソロがパッと手を伸ばし、彼女を制する。
「いいでしょう。では。闇ギルドの方に連絡をしておきます。日時と場所は、追って伝えますよ。あなた方ドッグマン兄弟には、身の程というものを知っていただきましょうか」




