挑戦者あらわる
授業が終わると、イライザは納得いかないような表情で教室を出た。一応は手柄を表彰され、学園長や憲兵隊長からもお褒めの言葉を頂いていたのだ。誇ってもいいはずである。
しかし、それらは彼女にとって誇れるものではないらしい。むしろ、憤懣やるかたない、という雰囲気を漂わせている。
ひょっとしたら、今になって「そういえば、わたくしはあんな時間に何をしに行ったのでしょうか?」という疑問が浮かんだが、「あー! シーラの屋敷に落書きすんの忘れてましたわ!」と目的を思い出し、己を責めているのかもしれない。
しかし、次の瞬間にその考えが外れていたことを悟る。ケインと目が合った彼女は、鬼のごとき形相で近づいて来たのだ。
直後、とんでもない言葉が飛び出る。
「ケインさん、わたくしと決闘してくださいませんか?」
予想もしていなかったセリフに、さすがのケインもきょとんとなった。そもそも、この学園で最後に決闘などというものが行われたのは、三十年ほど前のことである。今どき、決闘など時代遅れの化石じみたものと思われていたのだ。
ましてや、イライザのような女生徒がケインのような男性に決闘を挑むなど聞いたことがない。
「決闘? 何を言ってるんですか? 確か、決闘って校則で禁止されてたような気がしますが……」
なんとか躱そうとしたケインだったが、イライザもそこはきっちり調べていた。
「その通り。武器を用いた決闘は、今は禁止されているわ。ただし、素手での決闘はしっかりした立会人さえ用意できれば、あとは受けるが受けないか……それだけです。まさか、わたくしのような女に負けるとお思いですか?」
そう言って、不敵に笑ったイライザ。おそらく彼女は、煽って怒らせようとしたのだろう。だが、ケインには通用しなかった。
「そんな、僕がイライザさんに勝てるわけないじゃないですか。僕なんか、あなたと闘ったら一撃で殺されてしまいますよ。だいたい、僕みたいな弱い奴に勝っても得るものはないですよ」
その言葉を聞き、イライザは山賊の親玉のごとき表情になり、凄まじい勢いで地団駄を踏む。
ドスンドスンと足を踏み鳴らす姿を見た他の生徒達は、顔を引きつらせた。実のところ表彰されていた件を聞きたかったのだが「あいつ、やっぱりヤバい奴だった」と、そそくさと去っていった。
一方、イライザは拳を振り回しながら叫ぶ。
「こ、この……この奇行種が! わたくし、本気の本気で怒りました! いつか、あなたの化けの皮を剥いであげますわ! 覚悟なさい! あなたの真の実力を知った時、皆が驚愕するのよ!」
ううむ、彼女は僕の評判を下げたいのだろうか? それとも上げたいのだろうか? などとケインが思っている間に、イライザは大股開きでドスドス足音を立てながら去っていった。
自分の立てた作戦が失敗したのが、よほど悔しかったのだろう。さて、次はどんな手で来るか。まあ、イライザの作戦なら片手間でも対処できるだろう……と呑気に考えていた時だった。
不意に何かが飛んできた。恐ろしく速いスピードだ。あまりに速く、常人の肉眼では捉えられなかった。
ケインは、咄嗟にカバンを投げた。飛んできたものは、カバンが当たったためその場に落ちる。見れば白い球だ。もしカバンを投げなければ、アベルとシーラのすぐそばを掠めていっただろう。
幸い、ふたりは全く気づいていなかった。カバンを拾い上げたケインは、落ちている球に気づかぬふりをして叫ぶ。
「さーて、今日はカバン投げ大会に挑戦だ! ヨンフランシス国の新記録を狙うぞ!」
もちろん、ヨンフランシス国にカバン投げなる競技は存在しない。記録など誰も計っていない。
にもかかわらず、ケインはカバンを放り投げる。円盤投げのように、くるくる回って投げているのだ。
しかも、今度は上空に飛ばしている。これでは記録など出るはずもない。見ている者たちは「またケインがバカなことやってるよ」と、呆れた目で見つつ去っていく。
落ちてきたカバンを再び飛ばしながら、周囲に視線を送った。今のところ、それらしき人物は見当たらない。
おそらく、今のは何者かの警告だ。軌道からして、本気で当てるつもりはなかった。しかし、次も同じ手で来るとは思えない。
次の襲撃までに、手がかりだけでも探さねばならなくなった。ケインは、いきなり走り出すとアベルとシーラの手を取る。
「兄ちゃん! シーラさん! 早く帰ろう! 今日は早く帰ろうってカラスが言ってるよ!」
「まあ、ケインさんたら相変わらず面白い方ね」
シーラは笑うが、ケインは両者を引っ張ったまま走っていく。馬車に乗り込み、そのまま帰って行った。
屋敷に戻ると、ケインはひとりの召使いに声をかける。中年で、屋敷内では一番の古株だ。ケインの実力を知っている、ただひとりの人物でもある。
「エマさん、球を投げる武術といえば、やっぱり闘球術ですよね?」
召使いの業務とは縁遠い質問であるはずなのだが、エマはこくんと頷いた。
「おそらくは。私も詳しくは知りませんが、東方では盛んだったそうです」
「なるほど。今度は闘球術ですか。いやはや、面倒ですね」
そう言ったケインを、エマは憂いを帯びた目で見つめた。
少しの間を置き、口を開く。
「また、アベル様のために闘うつもりなのですね?」
「仕方ないですよ。それが僕の仕事なんですから」
「では、その必要がなくなった後、あなたはどうなさるのです?」
「そんな先のことはわかりません」
「そうですか。ただ、お気をつけください。闘球術の真の強さは、ふたりになった時に発揮されると聞いております」
◆◆◆
その少し前、ケインらが帰っていく時のこと。
ウルテミス学園敷地内を、小高い丘から見つめている二人組がいた。
「兄者よ、今のをどう思う?」
片方の男が尋ねた。体は異常に大きく、熊と同レベルのサイズだ。その手には、長い鉄の棒を握っている。
「偶然とは思えんが、奴がマスクド・スーパー・ソロというのも無理があるような気もするな」
答えた男もまた、背が高くガッチリした体格だ。もっとも、弟に比べれば小さく見える。
「まあ、あいつがソロであるかどうか、それはどうでもいい。あのアベルとシーラの身に何かあれば、ソロが動く。必ずや、俺たちの前に現れるはずだ」
兄に言われた大男は、握っていた鉄棒をブンと振った。
「ソロは、拳闘術のマシアスを倒したそうだな。それも一瞬のうちに……掛け値なしの強者だな」
「俺は、今回ばかりは手段を選ばん。我々闘球術は、闇ギルドでも不当な扱いを受けているからな……ソロは、必ず俺達の手で倒す」
そう言うと、兄は球を宙に放った。落ちてきたものをキャッチしたと同時に、稲妻のような速さで学園の塀に向かい投げつける。
球は塀にめり込んだ。
このふたりは、ドッグマン兄弟と名乗る殺し屋である。古来より伝わる闘球術という武術の使い手であり、腕はいいが業界では新人のため、なかなか仕事が回ってこない。
そんな彼らが、縁もゆかりもないウルテミス学園にて何をしているかといえば、殺し屋業界にておかしな噂が流れていたからである。
「ウルテミス学園の、アベルもしくはシーラの始末を依頼された際は注意すべし。仕損じた場合、マスクド・スーパー・ソロなる凄腕の怪人が現れ襲いかかってくる。これまで、地下道のサムと拳術家のマシアスが倒された。小額では引き受けられない」
そんな噂を耳にした兄弟は、ならば、我らがマスクド・スーパー・ソロなる者を討ち取れば一気に名前が広まる……と考えたのである。
兄弟は、今までアベルとシーラの存在すら知らず、五悪神とも全く関係がない。
にもかかわらず、マスクド・スーパー・ソロの名が彼らを引き寄せてしまったのだ。




