イライザの手柄
「坊っちゃん! 男は度胸! そして闘魂です! 学園の生徒達に、坊っちゃんの男魂を見せてやってください!」
セバスチャンは、今日も朝から元気であった。ケインは、顔を引きつらせながらも仕方なく答える。
「は、はい、わかりました」
「なんですか、その返事は! 声は腹から出すものですぞ!」
言ったかと思うと、セバスチャンは近づき腹に触れる。
「ここです! この腹から……ん!? なんだこれは!?」
セバスチャンの手が、ケインの体を撫で回す。
マズい。このセバスチャン、頭はバカだが筋肉には詳しい。ひょっとしたら、ケインの体に触れ何か気づいたのかもしれない。
そして、ケインの予感は当たってしまった──
「坊っちゃん! どういうことですか! この筋肉、伝説のオーダのようですぞ!」
「オーダ? 何それ?」
「我々格闘士の中では有名ですぞ! 白黒熊を素手でボコボコにして子分にしてしまったほどの強者。坊っちゃんの筋肉は、そのオーダを彷彿とさせます!」
知らねーよ。だいたい白黒熊ってパンダだろうが。そんなもんボコボコにすんなよ……などと思いつつ、ケインはするりと彼の手から逃れた。
「このままだと遅刻するので、行ってきます」
「あの教育係は、お前のことがよほど気に入ったのだな」
笑いながら絡んでくる兄に、ケインも渋い表情で応じる。
「いやいや、笑い事じゃないから……あれ?」
前を見れば、校内掲示板に人だかりができている。ひょっとしたら、闇の生徒会がまた何か仕掛けてきたのか……ケインは、さっと人混みの中に入っていく。
だが、貼り出されているものを見た途端、思わず腰が抜けそうになった。
「我が学園の生徒であるイライザさんが、昨夜に盗賊の一味を捕らえ憲兵に引き渡しました。よって、朝に表彰状が授与されます」
さすがのケインも唖然となっていた。あのイライザは、確かに強い。しかし、盗賊の一味を捕まえるとは大したものだ。
だが、なぜそんなことになったのだろうか。
その時、当のイライザが入ってきた。隣にはシーラもいる。いつものように一方的にシーラが話しかけ、イライザは顔を引きつらせながら応じている。
そんなイライザを、遠巻きに見ている生徒達。本来ならば、盗賊を捕らえた件について聞きたいのだろう。だが、いかんせんイライザは生徒の皆から「ヤバい奴」認定されていた。そのため、話しかけることができないのだ。
「シーラさん、おはよう。そしてイライザさん、大手柄ではありませんか」
ふたりに声をかけたのはアベルだ。だが、シーラはキョトンとした表情を浮かべている。
「オオテガラ? どうかしたのですか?」
「掲示板を見てください。イライザさんが昨夜、盗賊たちを捕らえたそうですよ」
「まあ! さすがはイライザさん! 本当にお強いのね!」
我がことのようにはしゃぐシーラとは対照的に、イライザはなんとなく浮かない顔だ。
どうやら、この件には何か裏があるらしい。正直者ゆえ、顔に出てしまっている……などとケインが考えていると、イライザと目が合ってしまった。
その瞬間、イライザの表情が険しくなった。ツカツカ近づいてくる。
マズい。何か機嫌を損ねてしまったのか。ケインは目を逸らし、その場を離れようとした。だが、イライザの声が飛ぶ。
「ケイン・アリティー! 待ちなさい!」
どうやら、よほどご立腹のようだ。聞こえないふりをして、その場を離れようとした。しかし、アベルに手をつかまれる。
「ケイン、イライザさんが呼んでいるぞ」
「えっ? あ、うん」
こうなっては仕方ない。ケインは、仕方なくイライザの次の言葉を待った。しかし、放たれたのは言葉ではなくイライザの手であった。彼女はケインの肩に触れ、真剣な表情で撫で回している。
これは、セバスチャンと同じパターンだ。ケインは、慌てて離れようとした。だが、イライザは怒鳴りつける。
「待ちなさい! もっと触らせなさい!」
その言葉は、確実に周囲の者にも聞こえていた。シーラは頬を赤らめ、イライザの顔を見つめる。
「イライザさんてば、なんて大胆なの! まさか、イライザさんがケインさんに、そんなことを……」
「はあ? 何を言っているの? だいたい、あなた方は騙されているのよ。この男は、とんでもない食わせものだわ」
ブツブツ言いながら、なおもケインに触れようとするイライザ。だが、続いて放たれたシーラの言葉により、ようやく状況を理解した。
「でも、イライザさんがケインさんと結婚すれば……私達は義理の姉妹になれるのね! 素晴らしいことだわ!」
「は、はあ!? 何を言っているの!?」
凄まじい形相でシーラを睨むイライザだったが、今度はアベルまでもが乗ってきた。
「おお、それは素晴らしい。そしたら、シーラさんはイライザさんの義理の姉か。そして、イライザさんは私の義理の妹ということにもなるな。ウン、素敵だ。実に素晴らしいアイデアだ」
「だから、なんでそうなりますの!? わたくしはですね、この男の真の姿をさらけ出したいのです!」
「さらけ出したい! まあ、なんてことを!?」
シーラは顔を真っ赤にして叫んだ。
一方、ケインはとりあえず隠れる。ここで、あのイライザにまで目をつけられてはたまらない。
その後、緊急の全校集会が開かれた。教師達や生徒らが見守る中、イライザは憲兵隊長が差し出した表彰状を、恭しい態度で受け取っていた。だが、どこか釈然としないものを感じているようだ。
ケインはというと、さり気なく全校生徒の顔ぶれをチェックしていた。この中の誰かが五悪神なのはわかっている。しかし、果たして誰だろうか。
今のところ、それらしき人物は見つからなかった。
授業中も、ケインはそれとなく他の生徒達の動向に気を配っていたが……時おり、視線を感じていた。
その視線の主はイライザだ。怪しい奴め、とでも言いたげな視線で、チラチラとケインを見ている。
これはまいった。これまでイライザの標的はシーラだったのに、ケインに移ってしまったのか。となると、慎重に動かねばなるまい。
昼休み、ケインは屋根の上へと登って行った。そこにいたのは猫耳小僧だ。下を見下ろしながら、サンドイッチを食べている。
「猫耳小僧、凄いじゃないか。イライザさん、大手柄だぞ」
声をかけると、猫耳小僧は渋い表情で首を横に振った。
「何が大手柄だニャ。あんなの、ただの偶然だニャ」
「偶然? まあ、確かに偶然の要素はあるだろうさ。でも、盗賊を取り押さえたのは立派だよ」
「お嬢が何のために、夜中に出歩いてたかわかるかニャ?」
「えっ? 散歩か何かかい?」
「違うニャ。シーラの屋敷の塀に落書きするためだニャ」
「はあ? なんだそりゃ?」
さすがのケインも呆れていた。塀に落書きなど、幼児レベルのイタズラである。
「本当にアホだニャ。でも、俺も命令されれば断れないニャよ。仕方なく、俺は見張りとして一緒に行ったニャ。そしたら、たまたまどっかの家に押し入った盗賊を見つけたニャ。そんなのほっときゃいいのに、お嬢はブチギレて殴りかかって行ったニャ」
「イライザさんのやりそうなことだな」
苦笑するケインに、猫耳小僧も頷く。
「しかも、盗賊をボコボコにして引き上げればいいものを、全員縛りあげて憲兵を呼んで来たニャ。そのせいで、シーラの屋敷に落書きできなかったニャよ」
「まあ、それはなんというか……ケガの功名みたいな感じだな」
「何がケガの功名だニャ。そんなカッコいいものじゃないニャよ。バカの功名だニャ」
「そっか……お前んとこのお嬢さま、どう頑張っても悪いことができない人なんだな」
ケインの言葉に、猫耳小僧は溜息を吐きながら頷いた。




